トウガンのたいたんが美味しい季節になった。真っ白な果肉は薄味で、何とでも相性がよい煮物になる。このトウガン、身近なところでは食材であるが、実は昔から生薬としての使い方がある。こう書くと、左党の諸氏は晩酌に一献傾けながら、トウガンで体によろしいおばんざいがいただける、と考えるかもしれないが、残念ながらそんなに都合のよい話ではない。薬用にするのは、調理の際に捨ててしまうタネなのである。

 

トウガン果実

 

 

 トウガンの種子を基原とする生薬はトウガシ(冬瓜子)といい、利尿作用を期待して大黄牡丹皮湯などの漢方処方に配合される。生薬名に「子」がつくものは大抵、いわゆるタネの部分を薬用としている。冬瓜子のほか、牛蒡子(ゴボウシ)、蛇床子(ジャショウシ)、決明子(ケツメイシ)などほかにもいろいろある。タネを薬用部位にする生薬名によくついている漢字にはもうひとつ「仁」というのもあって、冬瓜子の場合も「冬瓜仁(トウガニン)」と称されることもある。ほかには、酸棗仁(サンソウニン)、薏苡仁(ヨクイニン)、杏仁(キョウニン)などが挙げられる。

 

トウガンはウリの仲間で、雄花と雌花が別々に咲く。これは雌花


これは雄花

 

 前段で「基原」という言葉を使ったが、これは生薬のモトになるものをさす用語で、生薬となる「動植物の学名」と「使用部位」で表される。トウガシで言えば、「Benincasa cerifera Savi (トウガン)の種子」である。生薬は動植物の遺体をそのまま薬として利用するわけであるが、その動植物をわざわざ選んで使用する理由となるような特殊成分は、その動植物の一部の部位に局在している場合が多い。そこで、その特殊成分がなるべく多い部位を選んで、また、積極的には摂取したくない成分、例えば毒成分などが含まれる部位がある場合に、その部位を避けて利用するために、生薬の多くは動植物の部位を選んで使用するものである。したがって、植物のどの部位を使うべきなのかは、生薬を上手に利用するためには重要なポイントとなる情報であるので、生薬名から使用部位がすぐに想像出来る「子」や「仁」などがつく名前の例は知っておくと便利である。

 

小さな極若い果実。毛だらけであるのがわかる


かなり大きくなった果実。果実表面の色は鮮やかな緑で、剛毛がびっしりと生えているのがわかる

 

 さて、話をトウガンに戻せば、都市部のスーパーの野菜売り場にカットされて並んでいるトウガンの皮は滑らかで、筋のないスイカかと思うほど緑色が濃いものが多い。他方、当方の附属薬用植物園に植えてあるトウガンの蔓についている果実はいずれも薄い翡翠色で、盛夏には触ると痛いくらいの短い剛毛がびっしりと生えていた。朝晩が涼しくなり始めて蝉が鳴かなくなる頃になると、この剛毛は脱落し、代わりにロウ質のブルームが分泌され、白い粉をふいたように果実の表面につきはじめる。このブルームがしっかりつくと、トウガンは熟した、という合図になる。

  

 スーパーに並んでいるトウガン、すなわち、果肉を食用として利用するべく栽培されているトウガンは、白いブルームがまったくといっていいほどついていない。これは洗い落としたのではなく、ブルームが分泌されにくい品種を育種したものなのだそうだ。同じことはキュウリでもいえるのだが、ブルームは見た目がカビや植物の病変部位などに似ているため、畑が身近に無い都会の主婦には不評で、ブルームの無い品種が育種された。思い出せば、自分が子供の頃のキュウリは、もっと腰がくびれた形をしていて細く、確かに中ほどは白っぽくてイボがたくさんあったような気がする。トウガンもキュウリも今ではブルームレスが主流になっている。

 

十分に成熟した果実。蔓に近い部分に剛毛がまだ僅かに残っている。白い斑点のような模様のようなのがブルーム


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伊藤美千穂(いとうみちほ)
1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。