東京医科大学
内科学第一講座主任教授
大屋敷 一馬氏
「病名は想像もできないものでした。医師から『確立された治療法も薬もない』と説明を受けましたが、それでも重大さがよく認識できませんでした」
と語るのは、この1月に御父堂を亡くされた八木沼順一氏(NPO法人血液情報広場・つばさ、MDS連絡会副代表)。その病名は骨髄異形成症候群(MDS:Myelodysplastic Syndromes)だった。
「がっしりとした体格で、入院時は身長163cm、体重78kg」という八木沼氏の御父堂に異常が見られたのは平成19年10月のこと。市の健康診断で赤血球の減少(200万代で健常人の半分程度)が認められた。当時の75歳という高齢だったため、医師は前立腺疾患、胃・腸の出血などを疑ったが、検査の結果はシロ。同年12月、血液内科を受診した。しかし、そこでも血液に関わる疾患とは診断されなかった。
平成20年1月には膝に点状出血が見られ、3月には自転車の運転中に苦しくなるなど身体的な異常が出てきたことから、かかりつけ医を受診。その後、血液内科に検査入院した結果、「CMML(慢性骨髄単球性白血病)」と診断された。MDSの類縁疾患である。
その後、3度の入退院を繰り返した結果、この1月13日に永眠。享年76歳だった。
——今回取り上げるのは、セルジーン株式会社が主催したセミナー『骨髄異形成症候群:臨床医と患者の立場からみた疾患』。国内の患者数が7100人程度と推定される希少疾患のセミナーを取材した。
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MDSとは「造血幹細胞に異常が起きる病気」のこと。血液(赤血球、白血球、血小板など)の細胞を作り出す骨髄。その中にある造血幹細胞に異常が起きることにより、作り出された赤血球や白血球、血小板などの血液細胞の形やおかしくなったり、機能不全になってしまう病気である。
骨髄にある造血幹細胞がおかしくなり、ちゃんとした血液細胞が生まれなくなってしまうとどうなるのか? 結論からいえば、体内を循環する血液に血液細胞が供給されなくなってしまう。もう少し踏み込んでいうと、異型性、機能不全のまま生み出された血液細胞が骨髄のなかに止まってしまい、健常な血液細胞が血液に送り込まれなくなるということ。その結果、
・赤血球が不足すれば、貧血、立ちくらみ、動悸など。
・白血球が不足すれば、感染症(発熱、咽頭痛、せき)。
・血小板が不足すれば、出血傾向(アザや血液がとまらないなど)。
といった症状が発現する。MDSの怖いところは、これら3系統の血球異常が同時に起こり得ることにある(赤血球のみの不足、赤血球と白血球、赤血球と血小板のみの不足というケースもある)。発症原因もわかっておらず、標準治療も確立していない難病なのだ。
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さて、ときどき声を詰まらせて訥々と語る八木沼氏の話を聞きながら思ったのは、「なぜ、血液内科を受診したのにMDSとわからなかったのか?」ということ。専門医であれば、血液検査の結果を見て診断がつけられるはずと思うのだが……。
この素朴な疑問に答えるのは、今回のセミナーで講師を務める東京医科大学の大屋敷一馬・内科学第一講座主任教授だ。
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MDSの患者は極めて少なく、血液内科のドクターでも経験している方は多くありません。他の疾病のようにすぐに診断をつけるのは難しいというのが現状なんですね。治療法も現時点では決定的なものはなく、リスクを見極めて対応することになります。
MDSは国際予後スコアリングシステム(IPSS)により4段階にリスクが分類されます。すなわち①Low Risk②Int-1 Risk③Int-2 Risk④High Riskです。リスク分類による患者頻度はローリスクとInt-1群で70%、Int-2とハイリスク群で30%程度。このInt-2とハイリスク群の患者は輸血治療が必要です。
IPSSリスク分類と生存率は図1の通りです。ハイリスク群の生存率は4ヵ月後で50%という厳しいものです。MDSによる血球減少の頻度は図2をご覧ください。図中の「汎血球減少」とは赤血球、白血球、血小板の3系統全てが減少するというもので、全体の半分近くを占めます。
さて、国内におけるMDS治療の現状ですが、大きく分けて4つの治療法があります。一つは輸血などの対症療法です。ただし、繰り返し輸血をすることによる感染症や鉄過剰症のリスクがあります。二つ目は化学療法。ただし、治療効果が低く一過的(完全寛解率50〜60%)で、低用量化学療法の有用性について明確なエビデンスのないことが課題となっています。三つ目は同種幹細胞移植。この治療法は65歳以下で健康状態の良好な患者が対象となっていて、多くの患者に適用できるものではありません。このほかに免疫抑制療法、ステロイド療法があります。
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このMDSの治療に際して、現在、最も期待されているのが免疫調節薬『レナリドミド』である。
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レナリドミドの薬理作用は、免疫調節効果はもとより血管新生抑制、赤血球産生促進効果もあることが大きな特長です。とりわけ赤血球を増やす効果があることにより輸血を回避できますから、鉄過剰症や感染症リスクも著しく低減できることは大きな意味を持ちます。
この10月の日本血液学会で発表したレナリドミドの多施設共同臨床治験——第5染色体長腕異常を伴う、低あるいは中間-1リスクの骨髄異形成症候群による貧血症状を有する患者を対象としたレナリドミドの多施設共同臨床治験(MDS-007)——の結果によれば、全ての患者で貧血の改善が見られ、ヘモグロビン値も投与3カ月以内で10g/dl以上増加したことが明らかになっています。中間解析結果は図3にある通りです。
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感染症と鉄過剰リスクの増大が避けられない「繰り返しの輸血療法」。赤血球産生促進効果を持つレナリドミドは、この輸血療法を頼らずとも良い画期的な治療薬となる——ここまでの治験結果を見る限りは大いに期待できるといっていいのだろう。
このほど『5番染色体長腕部異常を伴う骨髄異形成症候群による貧血治療薬』として承認申請を行い、「08年2月に希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)として指定を受けています。一般的にオーファンドラッグの審査期間は1年程度であることが多いものですから、来年の今頃には承認が降りることを期待しています」(高徳正昭・セルジーン医学本部本部長)というレナリドミド。同剤は、「一日でも早く副作用の少ない身体に優しい薬の開発と、高齢なMDS患者でも希望のもてる治療法を確立していただきたい」(八木沼順一氏)という患者と患者の家族の願いに応える“救世主”となるのだろうか。(有)