財)放射線影響研究所臨床研究部
藤原佐枝子部長



 骨粗しょう症は、症状名こそ世間一般に浸透しているものの、その実態については広く認知されているとは言いがたい。 

 

・高齢者の腰が曲がることが、背骨の骨折によるものであること。
 

・女性の場合、閉経後から急激に骨密度が低下すること。


・骨折後の死亡リスクは、大腿骨近位(足の付け根)骨折で1年後に9〜10倍に及ぶこと。


 といった事実は、必ずしも常識レベルで流布しているとはいえない。このように怖い症状であるにも関わらず、比較的“軽く”見られている感がある骨粗しょう症。今回は、骨粗しょう症の現状、その診断の切り札となり得る可能性を秘めた「骨折リスク評価ツール」について語った、財団法人放射線影響研究所臨床研究部・藤原佐枝子部長の講演について紹介する。 


 テーマは「骨折リスクを予測する『骨折リスク評価ツール(FRAX)』」(第9回骨粗しょう症関するメディア勉強会)。

 

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 骨粗しょう症の推定患者数は1075万人で、男性では175万人、女性で900万人いるとされています。しかし、治療を受けている方は197万人と全体の20%弱に過ぎません。実のところ、骨粗しょう症によって骨折しても、医師に診てもらっていない方も少なくないのです。


 皆さんが高齢者の立ち姿をイメージされるとき、多くの方は腰の曲がった姿を想像することと思います。このように腰が曲がってしまうのは、背骨が折れてしまっているからなんですね。骨折発生率を見ると、背骨の骨折が一番多くなっています。しかし、このなかで医師に診察してもらっている方は1/3程度ではないかといわれています。


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 このように、骨粗しょう症であっても医師の診察を受けていない患者が多いことについては、「自覚症状がないこと」が大きな理由として挙げられよう。

すなわち、骨粗しょう症の診断には二重エネルギーX線装置(DXA)による骨密度測定を行う必要があるが、目立った自覚症状がない——骨が脆弱になること自体では痛みなどの症状はでない。実際に折れて初めて脆さに気づくことが多い——なかで、MRIに似た大仰な検査を受けようというモチベーションが起こり難いということだ。

 では、骨粗しょう症の実態をPRし、DXAによる検査を推奨・普及することで、骨折患者を顕著に減らすことは可能なのだろうか?

 

 

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 様々な調査により、骨折発生率は年々増加していることがわかっています。その一方で、65歳から75歳の方を対象とした骨密度の調査では、10年前よりも多いことが明らかになっています。


 つまり、骨折のリスクは骨密度の高低だけでは測定できないということです。骨折のリスクと骨密度との相関関係は間違いなくありますが、決して1対1の関係にあるというわけではありません。骨密度に加え、骨質や骨に掛かる負荷などを考慮して、初めて骨折リスクを評価できるということです。

 

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 WHOの調査によると、1990年に150万人だった大腿骨頸部骨折患者数は、2050年には450〜650万人にまで膨れ上がるという。将来的に骨粗しょう症患者が爆発的に増加すると予測されているなかで、「簡便でかつ精度の高い骨折リスクを評価する手法」の必要性が高まってきつつあるということだ。今回紹介するFRAX(Fracture Risk Assessment Tool。WHO骨折リスク評価ツール)は、こうした背景から開発されたツールである。

 

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 FRAXは骨折絶対リスク(10年間の骨折危険率)を治療開始の指標としています。骨折絶対リスクについて危険因子を使って算出するもので、世界中どこでも使え、骨密度だけに依存せず、全ての臨床家が使える便利なツールです。


 骨折危険率の評価期間を10年とした理由は、危険因子の骨折予測力が長期になると低下すること、治療を受けている期間(普通は3〜5年)と治療を中止している期間が10年程度であることから設定されたものです。一方危険因子については、「男女ともに使える」「人種、地域に関係なく使える」「簡単に調べられる」「統計的に有効である」ことを前提として設定されました。


 この危険因子としてクローズアップされたのが、喫煙と飲酒です。


 喫煙、アルコール摂取と骨折には明らかな相関関係があります。喫煙者と非喫煙者との比較を見ると、喫煙者の骨折リスクは2倍弱。アルコール摂取量は多ければ多いほど骨折リスクが高まることが明らかになっています。


 FRAXは、喫煙と飲酒という2つに加え、年齢、性別、身長、体重、骨折の既往歴、ステロイド摂取などを危険因子に設定しています(資料4)。なお、FRAXはネットで配信されています(www.shef.ac.uk/FRAX)。


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 このように、骨折リスク評価ツールとして極めて優れた特性を持つFRAXだが、その使用にあたっては、どのような指針(治療開始やリスク評価などの基準)があるのだろうか。

 

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 WHOではFRAXについての具体的な指針は設定していません。こうした指針やガイドラインは、各国が医療事情により設定できる——高齢者や骨粗しょう症患者の数、医療財源の多寡により、指針やガイドラインの設定数値も変わってくる。例えば、医療財源が少ない国では、「FRAXの結果が極めて悪い患者でも治療開始の基準としない」という指針を設定することができる——としています。


 どの程度の数値で高リスク、中リスク、低リスクと判断するのか? については日本でもこれから設定する必要があります。学会での研究結果や医療経済の状況などを踏まえて決めるられることになるでしょう。いずれにせよ、FRAXが多くの方に知られ、広く使われるようになることで、骨粗しょう症治療、高齢者医療の質の向上、ひいては医療財源の逓減に繋がるものと期待しています。(有)