北里大学医学部
小児科学講師
岩崎俊之氏


 脳内の神経細胞が過剰に興奮することにより、様々なタイプの発作を引き起こす「てんかん」。その症状は、「両手足を振り回し、白目を剥き、口から泡を吹く」というステレオタイプで知られる大発作から、一瞬、意識を失くす発作、あるいは意味不明のことを口走るだけで意識が明晰に見える発作まで、実にバラエティに富んでいる。そしてその患者も、成人から子ども、高齢者まで全世代に及び、人口の1%弱が患者とされている。今回取材したテーマは、子どものてんかんである「小児てんかん」だ。演題は『てんかん治療と家庭生活・学校生活への影響』、演者は北里大学医学部小児科学・岩崎俊之講師(大塚製薬/UCB共催プレスセミナー)。


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 小児てんかんは、小児人口の0.9%で見られる病気です。ほぼ100人に1人ですから、ありふれた病気ともいえます。みなさんが想像されるてんかんの症状は、恐らくかつての映画やTVなどで描写された、「両手足をけいれんさせ、口から泡を吹く」ようなものと思います。これは大発作を起こした患者の典型的な描写ですが、てんかんの症状はけいれんを伴う大発作にとどまりません。てんかんには、けいれんを伴わない症状も数多くあり、発作があってもてんかんとは思われず、見過ごされてしまうことも多々あるのです。

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 てんかんを発症した歴史上の人物として筆頭に挙げられることの多いユリウス・カエサル。てんかんの発作を起こした様子は、映画『クレオパトラ』やHBOのTVドラマ『ROME』などで取り上げられているが、その描写はいずれも微妙に間違っているようだ。

『クレオパトラ』では、発作を起こす前に「いまから発作が起きるので、その様子は見ないでくれ」とクレオパトラに懇願するが、てんかんの発作は前駆症状がなく突然起きるものであって、このように前もってわかるものではない。一方『ROME』では、宴席を中座したときに突然大発作を起こし、付き添いの奴隷とオクタヴィアヌスに介抱されていた。岩崎講師の、「(カエサルのてんかんは)会議や演説中に意識を消失したとされ、興奮や過呼吸が原因と推定される。当時は会議病と呼ばれていた」という見立てを考えると、この『ROME』での描写も「間違ってはいないが適当でもない」といえそうだ。


 もし、正確に描写するのであれば、大一番であるファルサルスの戦いを前に、陣中で作戦会議をしている最中に発作を起こし、アントニウスに介抱される——という感じになるのかも知れない。


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 さて、小児てんかんとは、医学的には「中学生までに発症した、18歳までのてんかん」のことです。年齢に依存して発症するために特発性であることが多いのが特徴です。

 小児てんかんで見過ごされがちな症状としては、欠神発作が挙げられます。具体的には、「食事中、急に食べるのを中断。スプーンなどは取り落とさず、一瞬、固まってしまう」ような症状です。もし、食器を落としたり口から食べ物がこぼれれば、「これはおかしい」と思うでしょうが、ほんの少しの間だけ動きが止まってしまうだけでは、「これはちょっとボーっとしていただけなのかも」と判断してしまうわけです。

 もう一つは赤ちゃんに特有の点頭てんかん。具体的には、「両手、両足を一瞬硬直させる」ような症状です。これも2〜3秒硬直していていれば、おかしいと気づくのでしょうが、普段から不規則に動き、声を上げる赤ちゃんであれば、注意深く観察していないと病気であるとは気づきにくいものです。

 実際に私が診察した例を挙げましょう。8歳2カ月の女児のケースですが、「もぐもぐと口を動かし始めた」「目的なく服のボタンをいじりまわした」「部屋の中を歩きまわったりした」という行動を突発的に繰り返していました。本人に訊くと、全く覚えていないとのこと。学校の先生は、多動児として扱っていました。幸か不幸か発熱を伴わない全身強直間代性けいれんが見られ、診察した結果、頭部MRI所見は正常だったものの、脳波検査が異常であったため、小児てんかんと診断しました。

 このケースで注目すべきことは「日常動作に所在する症状は、見分け難い」という点にあります。口を動かす、ボタンをいじる、部屋を歩き回る……いずれの症状も、繰り返されなければ注目されないものです。専門医でもなければ、ひと目見て「小児てんかんの典型的症状だろう」とは見分けられないでしょう。学校の先生も多動児と判断していますが、これも責められるものではないと思います。どれほど経験豊富な先生であっても、表面に出てきた症状(=行動)だけでは病気と見分けられないということです。

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 日常生活では見分け難い小児てんかんだが、専門医にかかり診断されてしまえば、抗てんかん薬を服用することで症状を劇的に抑えられるという。実際、てんかん患者は人口比で見ると小児で0.9%、成人で0.4%、高齢者で0.8%ほどが罹患していると推定されている。これだけ多くの患者がいれば、公共施設や公共交通機関などで発作を起こしている患者を見る機会も多いはずだが、実際に見た人はどれほどいるだろうか?

 例えばJR東日本の駅について見ると、一日の乗降者数が10万人を超える駅が36駅以上ある。世界一乗降者数の多い新宿駅は74万人超だ(全て東京都内。2012年調査)。これらの駅では毎日900〜1000人以上、新宿駅では7000人以上のてんかん患者が乗降しているということになる。筆者は20年以上、これらの主要駅の幾つかをほぼ毎日利用してきており、統計的に見れば、一度くらいはてんかん患者の発作を目にしてもおかしくないはずだが、これまでに一度も見ることはなかった。言葉を換えれば、日々の通勤通学時にほとんど発作を起こさないくらい、今日の抗てんかん薬は効果的なのだといえよう。

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 小児てんかんは、乳児では点頭てんかん、児童では欠神てんかん、ティーンエイジャーでは若年ミオクロニーてんかんと、年齢ごとに症状が異なります。そのいずれもが一部の難治てんかん(ウエスト症候群やLGSなど)を除けば、抗てんかん薬により症状を抑えられます。また、小児てんかんは脳機能の発達過程で突発的に起きるものであって、脳機能が成熟するにしたがって自然治癒することが多いものです。


 ですから不自然な動作が見られた時点で、速やかに専門医にあたって診断された後は、適切な医薬品の服用と両親や周囲のサポートがあれば、普通に学校生活を送ることができます。プール学習も修学旅行も問題ありません。大切なことは、いかに早く兆候を見つけられるかであり、いかにして家庭と学校、医療機関との連携を円滑に進めるかにあります。


 てんかん患児は以下のようなサインを出します——


①突然ボーっとして、10秒前後は呼びかけに応じない
②一瞬ピクっとした後にごまかす
③提出物を忘れて、先生に注意されることが増えた
④成績が急に悪くなった
⑤キレやすくなった
⑥独りで遊ぶことが多くなった
⑦夜尿や溢尿が増えた
⑧突然理由もなく動きまわったり、同じ動作を繰り返す


——こういったことがあった場合は、小児てんかんである可能性があります。例えば③、④などは、てんかんとは全く関係ないように思われるかも知れません。でも、てんかん患児には、こうしたサインを併発することが多いことも事実なんですね。

 以上のようなサインに気づいたら、デジカメ——スマートフォンやタブレットなどのカメラで十分です——などで動きを撮影したり、きっかけや起こりやすい条件を確認したり、最近大きな出来事があったか否かを思い出してみたり、学校の先生に子どもの生活態度を問いかけてみてください。学校の先生に訊くことは恥ずかしいことではありません。別に変な目で見られることはありませんし、差別されることもありません。むしろ、病気と共闘する仲間として信頼し、味方に引き入れることが肝要です。

 こうして“証拠集め”を行い、学校との連携も密にしたうえで、専門医の診断と生活指導を仰ぐようにする。すなわち家庭、学校、医療機関による強固なトライアングルを構築することこそが、小児てんかん治療に向けた最も大切なことであると、ここで改めて強調してきたいと思います。

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 人の脳機能は10代のうちに成熟するとされる。実際に児童の脳組織を採取・調査することは不可能なので確かなエビデンスはないが、動物実験の結果などから、ある程度確かなことと推定されている。この“成長期”の段階で、脳機能のどこかに異常をきたした結果、「大脳ニューロンの過剰な放電から由来する反復性の発作」(WHOによるてんかんの定義)が起きるのが小児てんかんである。

 小児てんかんは、脳機能の“成長期”が終わり成熟する段階で、てんかん発作を引き起こす異常は自然治癒し、完治するケースが多いことも多いが、“成長期”を終えた20〜30代になっても小児てんかんの症状が残ってしまった場合は、「そのまま完治する可能性は低いと言わざるを得ない」(岩崎講師)という。


 ただし、このようにてんかんが完治しなくなったとしても、抗てんかん薬を適切に服用する限りにおいては、ほぼ何の支障もなく日常生活を送ることができる。日々注意深く観察することと、臆せずに学校と専門医に相談すること——これこそが、小児てんかん治療に向けた最も重要な一歩なのだと痛感した。(有)