北海道大学大学院
医学研究科消化器内科教授
浅香 正博氏


 大正製薬㈱後援の生命科学フォーラムで、北海道大学大学院の医学研究科消化器内科学教授の浅香正博先生が演述した。演題は「わが国から胃がんをなくすために何をなすべきか?」であった。


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 わが国では現在、年間約5万人の人が胃がんで亡くなっている。これは肺がんに次いで2位であり、男性は女性の2倍の発生率となっている。はっきりとわかっていることは、胃がんの大半はヘリコバクターピロリ、つまりピロリ菌による感染症であるということである。この毒性の強いピロリ菌はなぜか東アジアに多く、北米、欧州、西アジアなどと比べると2〜3倍となっている。オーストラリアのウォーレン、マーシャルという師弟関係にある学者によって、ピロリ菌が慢性活動性胃炎とかかわりのあることが明らかにされ、さらに十二指腸潰瘍とも関連していることが発見された。91年、疫学前向き研究でピロリ菌と胃がんのかかわりが判明、94年にWHOが発がん物質と認定した。98年にスナネズミモデルに胃がんを発生させることに成功。08年ピロリ菌の除菌で胃がんの発生が抑制されることが明らかとなった。

 

 わが国の萎縮性胃炎の発生頻度は30歳代から70歳代にかけて多い。加齢によるものと考えられてきたが、そうではなくピロリ菌感染症による炎症の持続に基づく結果であることが明らかになった。

 

 生活のインフラ、つまり上下水道が整備されている先進国にはピロリ菌は少ない。乳幼児期の胃酸がまだ十分でないときにピロリ菌に入られると、ずっと潜伏していることになる。開発途上国のピロリ菌感染率は、ものすごく高い。かつて日本では食塩の取りすぎが胃がんの原因と考えられ、数多くの実験が試みられたが、失敗に終わっている。しかし食塩にピロリ菌が関与すると胃がんが発生することがわかった。

 

 保険適応が新規に認められたのは①胃マルトリンパ腫②突発性血小板減少性紫斑病③早期胃がん内視鏡手術後で、今年6月にはピロリ菌の除菌も認められた。


 胃がんは、生活習慣病ではなく、ピロリ菌によって発症する感染症であることが明白になったので、今後戦略の転換を図る必要がある。そしてピロリ菌の除菌を推進することにより、胃がんの抑制効果は明らかになったが、同時に除菌だけで胃がんを抑制できないことも明らかになった。一次予防としての除菌、二次予防としての検診をどのように行うかが重要な課題である。現在の間接バリウム検診では、受診率の向上は難しい。採血による検診に変更すべきである。ペプシノーゲン検診では、見逃しが怖い。ピロリ菌抗体を測定することで、未分化型胃がんも見逃さなくなってきた。

 

胃がん予防戦略会議を早急に立ち上げ、胃がん対策基本法について検討を開始すべきである。(寿)