国立循環器病センター研究所
人工臓器部部長
巽 英介氏


 日本医学ジャーナリスト協会の月例会で、国立循環器病センター研究所の人工臓器部部長の巽英介先生が講演した。演題は「人工臓器開発の現状と製品化への課題」で、主に人工心臓について演述した。

 

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 国立循環器病センターは、国立高度医療専門センター8施設のうちの1つである。病院と研究所が併設されていて、常勤職員は千人。病床数640床、外来患者数は1日800人、手術数は年に2300例。研究所の組織は14部4省令室となっている。4月1日からは独立法人化される。


 人工臓器は、少なくとも3000年の歴史をもっている。エジプトのギザの墓場から、紀元前2500年頃の義歯らしきものが発掘されている(義歯を人工臓器とみなすかどうかは別として)。同じくエジプトのネクロポリスで発見された紀元前1000年頃の女性のミイラは、生前に切断された足に木製のかかとをつけていた。

 

 人工臓器を定義すると「機能が損なわれた臓器の補助や代行を目的としてもちいられるもの」となる。循環器系では人工心臓、人工肺、人工血管、人工弁、ペースメーカーがある。代謝系では人工腎臓、人工肝臓、人工膵臓、アフェレーシス。感覚器系では眼内レンズ、人工内耳、中耳、人工神経、人工視覚。構造系では人工皮膚、人工歯根、人工関節、人工骨。そして横断技術・関連技術では医用材料や再生医療がある。現在、一年間でどのくらいの人数が人工臓器の恩恵を受けているのであろうか。

 

 白内障治療の眼内レンズ50万人、人工心肺を要する心臓手術4万人、変形性関節症やリウマチ治療に使われる人工関節14万人、人工血管5万人、人工弁症例数1万人、心筋梗塞などの治療に使われるステント適用28万人、ペースメーカー植え込み患者はこれまでに40万人、人工腎臓による透析患者は現在31万人などとなっている。

 

 これまでにわが国で人工臓器を用いた治療を受けた患者さんは、総数700〜1000万人にのぼると推計されている。これは国民の10人〜15人に1人の割合で、人工臓器の恩恵を受けているという計算になる。これらのほとんどが健康保険の適用を受けている。

 

 人口関節のほとんどが膝関節と股関節である。材質は金属、セラミック、超高分子ポリエチレンなどである。

 

 ペースメーカー、つまり埋込型除細動器で米国のチェイニー元副大統領が助かっている。

 

 人工血管の材質はダクロン(ポリエステル)またはテフロンである。

 

 血管ステントは、狭窄したところを広げて再狭窄しないように使用される。ステントと人工血管をつなぐ。このほかに気管支ステント、腸管ステント、食道ステント、尿道ステント、脳コイルなどがある。

 

 人工弁は機械弁(パイロライトカーボン・チタン)と生体弁(ウシ・ブタ)がある。

 

 腸内レンズは厚さ0・7mm、直径5〜6mm、重さ5〜6mg(リドレイのレンズは112mg)。材料はシリコン、ソフトアクリルなど。

 

 人工皮膚は、培養皮膚代替物、自家または他家(同種)の培養皮膚(角化細胞)である。基材はコラーゲン・ヒアルロン酸。

 

 人工網膜(人工視覚の一種)は、カメラでとらえた画像を信号化して、網膜上の微小電極マトリックス(5×5ch)程度に送る画像の動きや形・色がわかる例もある。新聞を読みには最低250×250個の電極マトリックスが必要となる。

 

 人工内耳は、音のシグナルを電気シグナルに変えて内耳の蝸牛管へ伝える。

 

 人工心臓は、自然心臓の役割を代行する装置である。心臓の大きさは、にぎりこぶしくらいで、生涯に300億回の拍動をする。重さは250〜350g、用量は300ml、1回の拍出量は70mlである。この心臓が拡張したり肥大したりすると心不全となる。心臓は休むことなく全身に血液を送り出すポンプの役割を果たしている。人工心臓は主に、傷害を受けた心臓が回復するまでの一時的使用、あるいは心臓移植までのブリッジとして用いられているが、最終的治療を目的とした次世代型人工心臓の開発・臨床応用も進められている。現在の人工心臓は①拍動流型と②連続流型とがある。①にはダイアフラム型、サック型、プッシャープレート型、チューブ型の4種類がある。②は遠心型(昔の洗濯機の底)と軸流型(船のスクリュー)がある。


 拍動流型の初期は、小型冷蔵庫くらいの大きさだったが、小型化が進み、外泊できるし在宅ですむ3kg型が開発中である。


 連続流型は52kgくらいの重さである。内部の羽根車が血液を破壊したり、熱を持ったりすることを解決しなければならない。小型化は可能で、最小は拍動型の20分の1以下にすることができる。

 

 体内完全埋込型の人工心臓の開発も進められている。米国で世界初の装着が行われたが、グレープフルーツくらいの大きさで、日本人には無理がある。解剖学的適合性がまず大事であり、いろんな埋込型を試作してみる必要がある。見方によっては心臓移植よりも、人工心臓のほうが難しいといえる。人工心臓と遺伝子治療を組み合わせた新しい治療法の報告もされている。世界初である。

 

 人口肺の開発も着々と進められている。静脈内留置型、埋込型等など、さまざまな試みが実行されている。

 

 人工臓器の研究、開発はこれからも営々として続けられていくであろう。(寿)