大阪電気通信大学
医療福祉工学科教授
松村 雅史氏


 生命科学フォーラムの第180回は、大阪電気通信大学の松村雅史教授の「笑いと健康の科学」であった。松村先生は医療福祉工学部医療福祉工学科で、メディアコミュニケーションセンター長でもある。自らが考案・開発した「爆笑計」を駆使しての講演であった。

 

 ◆          ◆

 

「爆笑計」は首に装着します。脱着は容易です。機能としては「聴診器」と同じです。首の両側から検出した口腔咽喉音から、会話、爆笑、嚥下、いびきを識別できます。

 

 内閣府の調査では、国民の悩みや不安の上位は「健康」です。厚生労働省の科学研究によると「健康には口の働きが重要」ということです。


 80歳の高齢者を対象とした統計分析では歯の喪失が少なく、よく噛めている者は、生活の質および活動能力が高い。運動・視聴覚機能にすぐれている。口腔衛生状態や咀嚼能力が改善されると、誤嚥性肺炎が減少することが明らかになっています。

 

 口腔機能は、先天的な咀嚼・嚥下と後天的な発話(音声を作り出す)とがあります。舌は多数の筋からできていて、粘弾性があり、早く動きます。笑い声を生成する器官はというと、前頭洞、蝶形骨洞といわれる2つの副鼻腔、鼻腔、軟口蓋、舌、口唇、咽頭、声帯、声道と数多くがかかわっています。笑い声はなぜ「ワッハ」なのか。発声時の舌の運動を超音波断層像でみてみると、口腔の断面積が大きくなり、舌が周期的に変化して、断続的に大きな声を発すると「ワッハ」となるのです。


 さて、笑いが着目される理由として次の4項目をあげることができます。

 

①身体的にしんどくない


②気軽にできる


③楽しくできる


④健康増進に効果がある。

 

「笑う門には福来たる」という言葉があるように、最近では笑いと健康に関する実験が種々行われています。NK(ナチュラルキラー)細胞が活性化する、血糖値の上昇を抑える、慢性関節リウマチの痛みをやわらげる、免疫力があがる。これらのことから大阪府では「健康推進事業」に笑いに関する講座を設けました。


 精神科の角辻医師らは、筋電図による笑い度数計で計測を重ねています。筑波大学の村上和雄先生は、爆笑によって血糖値の上昇が抑えられるという実験データを発表されています。介護予防の最前線でも、大爆笑の前後での免疫機能の測定が続けられています。予防医学の分野でも、ストレスの解消やコミュニケーションの円滑な推進などで効果が確かめられています。課題は、笑いの数値化です。大きさ、回数、時間の計測など、日常生活での「笑い」を簡単にはかる装置を開発できればいいなと考えています。


 わが爆笑計は「笑い」の大きさ・回数・頻度の定量化をめざしています。咽頭マイクロホンを使用して、無拘束・長時間で計測し「爆笑」音声の特徴を抽出します。日常生活における会話時間、爆笑の回数・時間の無意識モニタリングです。咽頭マイクロホンは、頭のてっぺんから耳にあてるスタイルの聴診器と思ってください。

 

 爆笑とは「ワッハッハッハッハッハッ」と4回以上の発声と定義づけました。この間0・6秒です。年齢で笑いの速度が違います。子どもの笑いは早いですが、60歳を過ぎると遅くなり、またうまくとれない場合があります。

 

 学生の日常生活(12時間)における爆笑回数です。11時〜13時は授業ですから、若干の会話がみられる程度です。13時〜15時の昼食時間は、かなりの頻度で爆笑がみられます。15時〜19時の研究室でも会話がはずんで、爆笑も結構あります。19時〜21時の帰路は、ほとんど無言。21時からの晩御飯では会話と笑いが若干みられます。1か月間の計測結果をみますと、最大回数130回、最小回数0回で、平均回数は32・7回と出ました。


 さて、爆笑でストレスは解消されるか?という課題に取り組みました。結論は「解消される」でした。18名の被験者に落語を聞いてもらいました。落語が始まる直前と落語終了直後の唾液中のコルチゾール値を測定しました。笑いの回数、時間には差がありますが、コルチゾール値は見事に減少しました。笑わなかった人は横ばいです。

 

 ストレス値の評価目安としては、唾液中のα-アミラーゼがあります。ストレスがかかると交感神経が興奮して、免疫酵素(リゾチーム)とアミラーゼ合成・分泌が上昇し、唾液アミラーゼが活性化します。0〜30ならストレスなし、31〜45はストレス小、46〜60はストレス中、61以上はストレス大という評価です。被験者は21〜22歳の男女6名。計測期間はそれぞれ1日、10時〜20時までの10時間、ストレス値の測定は1時間ごとに11回。飲食は測定の10分以上前に行う。この結果、日常笑うことでストレスが低減することが見事に実証されました。朝、昼、晩といずれも爆笑回数が多いほど低減しています。逆に爆笑回数が少ないとストレス値は上昇します。ストレスがない人は数値は普遍です。介護施設などで笑いを演出することは大事です。爆笑回数が多いと、その後の会話は大いにはずみます。

 

 笑い声を出すにはエネルギーがかかります。声を出して笑うことは、呼気の連続であり、横隔膜や腹筋を動かします。したがって心臓(心拍数)にも影響が及びます。笑うことは運動することなのです。笑いと心電図の同時計測システムで実験しました。爆笑が続くと心拍数は大きく変化します。爆笑による運動効果が確認できました。


 学生諸君と私とでは、笑うタイミングにズレがあります。それぞれの人の脳の歴史が、笑うか笑わないかの判断をしていると思われます。また笑い疲れるとストレスが増えます。運動性ストレスの一種なのでしょう。

 

 歩数計のような小型の爆笑計が開発されています。

 

①リアルタイム処理で爆笑をモニタリングできます


②歩数計のように持ち運び可能、爆笑のログがとれます


③大規模なデータ収集、爆笑の識別率は86〜95%です。

 

 まとめです。冗談じゃない笑いの効用がいくつもあります。しかも副作用はなしです。ストレスを和らげる効果、血糖値を下げる効果、免疫力を向上させる効果、などがあります。笑いの頻度は、性別、年齢、性格的な要因のみならず、食事や運動などの生活習慣とも関連する可能性があります。1週間、1か月の長期間データを収録することによって、笑いの目標値を設置することが可能になります。1年、10年と積み重ねていけます。100年後の人類は、1日何回笑っているでしょうか。(寿)