昨年11〜12月にかけて、川崎市の有料老人ホーム「Sアミーユ」で高齢者が相次いで転落死したニュースは、介護業界のみならず広く注目を集めた。


 Sアミーユの運営会社やその親会社の経営姿勢を非難する報道が相次いだものの、「あそこはずいぶんまともなほう。もっとひどい会社はいくらでもある」(大手有料老人ホーム関係者)とは、介護業界ではそう珍しい意見でもない。


 そんな介護業界の裏側を丹念に取材したのが『介護ビジネスの罠』だ。


「『措置から契約へ』を謳い文句に始まった介護保険だが、それは言い換えれば、『福祉からビジネスへ』の転換でもあった」という著者の言葉のとおり、2000年に介護保険が導入されて以降、さまざまな業界から会社や人が介護業界に流れ込んできた。


「介護してあげる」といった感じで、措置の時代は、サービスとは無縁だった話もずいぶん聞かされているので、自分自身は措置の時代のほうがよかったとは思っていないけれど、介護保険制度が始まって怪しげな人が業界に増えたというのは確かだろう。


 介護サービスへのニーズが大きく膨らんだこともあって、「昨今はサービスの低下も目にあまるようになってきている。/『夜勤の職員がスマホで仲間を呼んで酒盛りしていた』/『介護職なのにオムツ交換もまともにできない。入居者がオムツで何重にもグルグル巻きにされ、身動きできない状態だった』」といったことも起きているようだ。


 もっとも、明らかに悪質なケースは、訴えられたり、事件になったりするし、全体から見れば少数派だろう。たちが悪いのは、一見、合理的だったり、良さそうに見えたりする介護サービスや施設の実態がまったく違っていることだ。


 本書は、タイトルに「罠」とあるように、こうしたイメージと実態にギャップがある事例も数多く紹介されている。


 例えば、在宅介護でも施設介護でも、高齢者の介護のキーパーソンとなるケアマネジャー。本来は、要介護者の身体の状態や家庭環境、財政状態を考えながら、どんな介護サービスを利用していくのかプランを考えていくのが役割だ。


 だが、事業者が雇うケアマネジャーがケアプランを作成し「何かと理由を付けては不必要なサービスをプランに組み込んでいた」という話は珍しくもない。要介護者を囲い込んで、自社のサービスをどんどん利用させるというわけだ。


 また、一般には医療機関併設型の高齢者施設は「安心・安全」をウリにして高齢者を集めているが、「質の悪いものも目立つ」「老人ホームにクリニックが併設されていても、休日や夜間に連絡がとれないものもある」という。


 雑誌などではよく介護施設のランキングも掲載されるが、「メディアや業界で評判のよい老人ホームが実はそうでもないケースは意外に少なくない」。三重県で問題となったサービス付き高齢者住宅は、雑誌の「サービス付き高齢者向け住宅ランキングで、『月額料金の安さ』と『住まいの広さ』で“ベスト5”に入ったところでもある」という。


■制度を熟知した怪しい経営者


 先日の厚生労働省の発表によれば、2013年度の時点で国民医療費は40兆円を超えている。現在、医療の枠組みの中にある行為が、これからも介護ビジネスに取り込まれてくるはずだ(「どっちも同じ社会保障費でしょ」というまっとうな指摘はここでは議論しない)。


 そうなれば、良質な介護サービスが提供されるかどうかは、制度設計と同時に介護事業者に依存する部分は大きい。


 ただ、取材や介護事業者の団体(なぜか異様にたくさんある)のイベントで接する経営者には「介護で儲ける!」と臆面もなく話す人も少なくない。本書でも「公的制度を知り尽くした手ごわい事業者」について触れられているが、業界で怪しい噂が絶えない経営者が、制度の細部や動向を熟知していて、しばしば驚かされる。


 制度と悪質な事業者の「いたちごっこ」はこれからも続いていきそうだ。


 介護は突然やってくる。書評なので、本書学んだ知識で武装して……、と言いたいところだが、正直なところ家族や自分の介護が必要になったとき、自分が「罠」にかからないという自信はない。悪質な事業者は次々に新しい手法を考えるのだから。


 元も子もない話ではあるが、介護(業界)に精通した信頼できる友人・知人といった“身内”を持っておくことが一番の解決になりそうだ、とあらためて思った次第。(鎌) 


<書籍データ>

『介護ビジネスの罠』

長岡美代 著(講談社現代新書 800円)