日本大学医学部
麻酔科学分野准教授
鈴木 孝浩氏


「麻酔といえば歯医者で打たれるアレ。そうそう、しばらく口の片一方がマヒする奴」——麻酔といわれて多くの人が思い浮かべるのは、こうした局所麻酔ではないだろうか。局所麻酔であれば、しばらく放置していれば自然と麻酔が解けて通常生活に戻れるが、これが全身麻酔となると話は違ってくる。導入にあたっては、3種類の製剤を使う必要があり、“眠っている”あいだには生命活動維持のために様々な処置を行なう必要があり、処置後も数多くの手続きを経て回復させる必要がある。

 

 今回のテーマは、この全身麻酔を行なうにあたって古くから問題となっていた筋弛緩状態からの回復時の課題を解決するという“革命的新製品”。日本大学医学部麻酔科学系麻酔科学分野准教授・鈴木孝浩氏の講演「麻酔の課題とブリディオンへの期待」(シェリング・プラウメディアセミナーより)から、その凄さを探ってみた。

 

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 全身麻酔では「鎮痛剤」「鎮静剤」「筋弛緩剤」の3種類の薬剤をバランス良く投与しますが、このうち一番わかりにくいのが筋弛緩剤の役割でしょう。筋弛緩剤は、喉の筋肉を弛緩させ、気管挿管をスムーズに行なうために欠かせないものです。また、手術中の呼吸、血中酸素濃度などを維持し、長時間にわたって同じ体位を維持するためにも、筋弛緩剤は欠かせません。

 

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 全身麻酔により、まばたき、発声、呼吸、心拍、ホルモン分泌などが抑えられ、体温調整も難しくなった状態は、「眠り」というよりは「死」に近い。手術を終え、「死」に近い状態から無事に回復させるためには、どのような方法がとられているのだろうか?


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 手術後は、筋弛緩から回復させる薬剤を投与した後、覚醒、自発呼吸、モニターなどを確認した後、人工呼吸を行うために気管に入れていた管を抜き、リカバリールームへと搬送する——という手続きがとられます。


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 筋弛緩剤を“包み込む”拮抗剤(回復剤)を投与して、身体が動く状態に戻すという。

 

 最もポピュラーな「非脱分極性筋弛緩剤」による筋弛緩状態を回復させるためには、「筋弛緩剤の拮抗剤(筋弛緩回復剤)」を投与して、筋弛緩剤を“不活化”する必要がある。そのプロセスは幾分複雑だ。

 

<筋弛緩剤は、神経伝達物質であるアセチルコリン(ACh)が結合する神経筋接合部のニコチン性ACh受容体に結合することで、効果を発揮する>

 

 誤解を恐れずに大雑把に例えていうなら——

 

・神経伝達物質=水

・神経筋接合部=ホース

・筋肉の動き=注ぎ込まれる水の流れで動くホース


——と見立てると、筋弛緩剤は「ホースの口を閉じる蓋」の役割を果たすということ。筋肉を「口の空いた無数のホース」が束ねられたモノに近いといえようか。

 

<非脱分極性筋弛緩剤に対するこれまで使われていた拮抗剤(アセチルコリンエステラーゼ阻害剤:AchEI)は、受容体部位の筋弛緩剤分子に対するACh分子の相対的な数を増やすことで作用を発揮する>

 

 水とホースに例えるなら、筋弛緩回復剤は、「ホースの口を閉じる蓋」と同じサイズの「中空のパッキン」だ。これを大量にバラ撒くことで、「口の空いた無数のホース」へ「ホースの口を閉じる蓋」が入り込む前に、「中空のパッキン」がホースの口に取り付き、水の流れを確保する——といえるだろうか。

 

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 筋弛緩剤も数多く発売されていますが、現時点では07年に上市された『エスラックス』が、最も使いやすい薬剤の一つといえるでしょう。作用発現が速く、蓄積性がなく、呼吸器、循環器系への影響が少ない有用な筋弛緩剤です。ただ、エスラックスにも欠点がなかったわけではありません。他の筋弛緩剤も同様でしたが、筋弛緩状態を回復させるための、理想的な拮抗剤がないんですね。特に、深い筋弛緩状態から速やかに回復させる拮抗剤がなかったわけです。

 

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 水とホースのハナシに戻ると、大部分のホースの口にキッチリと蓋がついてしまうと、いくら中空のパッキンをバラ撒いても効果が薄い——という感じに例えられようか。「ホースの蓋を直接取り外す」ことをしない限り、速やかな筋弛緩状態の回復は望めないということだ。

 

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 このほど上市された筋弛緩回復剤『ブリディオン』は、従来の拮抗剤とは全く作用機序の異なる筋弛緩回復剤です。この薬は、筋弛緩剤のエスラックスを選択的に直接包接して、筋弛緩状態から回復させます。医学的な常識を覆した薬剤といっていいでしょう。

 

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筋弛緩剤エスラックスの分子を、そのまま“包み込む”ことで、筋弛緩作用を消失させるということだ。先ほどの例えに戻るなら、「ホースに取り付いた蓋を、粘着テープで直接引っ剥がして包み込む」といったところだろうか。


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 ブリディオンの優れている点は、筋弛緩剤の問題点——投与中止後にも筋弛緩状態が残ってしまう、“残存筋弛緩”——を解決できるだけでなく、深部遮断(深い筋弛緩状態)からも迅速に回復できることと、特異的な副作用がないこと、そして、筋弛緩状態から完全に回復できることにあります。

 

 深い筋弛緩状態からの回復では、従来品の49分に比べブリディオンでは3分足らずと、ケタ違いの速さでリバースできるのです。

 


 効果発現が速やかな筋弛緩剤(エスラックス)と、素早くリバースできる筋弛緩回復剤(ブリディオン)を使用することで、手術での適正な筋弛緩状態や良好な手術視野を得ることができます。そして何より、手術終了の直前まで筋弛緩を維持できるので、手術の安全性も高められます。手術経過を見ながら回復時間を推量して、早めに筋弛緩剤を中止する必要もありません。麻酔科医にはダイヤモンドをカットできるダイヤモンドのような薬といっていいでしょう。


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ありとあらゆる筋弛緩剤ではなく、エスラックスに特異的に効果のある筋弛緩回復剤であるブリディオン。麻酔科医に限らず、多くのドクターはこれまでのメソッドにこだわることが多いが、上市後の現場での反響は非常によく、速いスピードで認知されているようだ。「一分で筋弛緩状態を作り、一分で筋弛緩状態を回復させる」という、従来の筋弛緩剤の常識(導入、回復とも10分以上かかっていた)を覆したという「エスラックス/ブリディオン」の投与は、文字通り麻酔科の世界に革命を起こすのかもしれない。(有)