アボットバスキュラー
湘南鎌倉総合病院
スキャフォールドプログラム研究開発責任者
ジェームズ・オーバーハウザー氏


副院長・循環器科部長
齋藤 滋氏


 死亡原因の中で最もポピュラーとされる心血管系疾患。そのなかでも最も多いとされる<冠動脈疾患(虚血性心疾患)>とは、心臓に血液を供給する冠動脈の狭窄(閉塞)により起きる疾患(狭心症、心筋梗塞などが含まれる)のこと。

 

 この冠動脈疾患の治療を劇的に変える新製品が完成しつつある——

 

 そんなニュースリリースを受けて訪問した先は、東京・三田のアボットバスキュラージャパン。今回取り上げるのは同社の記者説明会「次世代冠動脈疾患治療の最前線」。同社が開発を進めている次世代ステントの現状と将来について取材した。

 

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 難しい外科手術しか治療法のなかった冠動脈疾患治療に革命を引き起こした『経皮的冠動脈形成術』(PTCA)。股下の大腿動脈及び腕の橈骨動脈や上腕動脈から「カテーテル」(中空の柔らかい管)を入れ、冠動脈の狭くなった血管のところで「バルーン」(風船)を膨らませ、血管を広げる施術だ。

 

 PTCAは初期の『バルーン血管形成術』から大きく発展。1988年には「ベアメタルステント(BMS)」を使った『冠動脈ステント留置術(ステント留置術)』、2001年には「薬剤溶出ステント(DES)」を使ったステント留置術が開発された。

 

 冠動脈治療に革命を起こしたステント留置術も、現在ではいくつかの欠点が指摘されている。

 

「BMSによる治療では、血管内へ半永久的に金属を入れることになります。結果として血管壁に損傷を与え、再び閉塞を起こす(ステント血栓症、ステント再狭窄)という潜在的な危険性も孕んでいます」。

(ジェームズ・オーバーハウザー博士:アボットバスキュラー、スキャフォールドプログラム研究開発責任者)

 

 ステント血栓症をなくすためにはどうすればいいか? 結論からいえば、血管内からステントを取り外せばいい。しかし、冠動脈へ簡単にメスを入れることはできず(冠動脈の損傷は即心臓の機能不全に繋がる)。カテーテルを使ってステントを取り外すこともできない。簡単に出し入れできるものではないのだ。

 

 必要なときにステントを入れ、必要がなくなったらステントがなくなる——そんな“都合の良い”ステントができないものか? 

「バイオリゾーバブル・バスキュラー・スキャフォード(BVS)」は、恐らくそんな着想から開発されたものだろう。

 

 オーバーハウザー博士は語る。

 

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 閉塞した血管が拡張され、心臓への血流が修復されたら『ステントそのものが体内へ自然に吸収されること』。これがBVSの目指すところです。

 

 ステントではなくスキャフォールド(注:建築現場における足場というような意味がある)と呼称しているのは、文字通り「狭くなった冠動脈を保持するための“足場”」のような存在だからです。必要がなくなれば、体内に再吸収される一時的な足場なんですね。金属ではなく生体吸収性ポリマー(PLA)で構成されているため、徐々に体内で乳酸に分解され、その後、二酸化炭素と水へと代謝されます。PLAは50年前から縫合糸、整形外科のプレート、歯科などで使われている素材で、安全性も確立されています。


 血行再建術では、薬剤溶出ステント(DES)と同等の製品パフォーマンスを持ち、血管の治癒にあわせて支える力が徐々に弱まり、2年経てば消失、代謝される——このように血管機能が回復し、血管が必要に応じて正常に拡張・収縮するポテンシャルを持っているところが、スキャフォールドの最大の特長であり強みといえるでしょう。

 

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 気になるのは血管形成(治癒)に掛かる期間に個人差があるのか否かだ。スキャフォールドの消失(再吸収)のプロセスは3〜4カ月から2年に渡ってゆっくりと進むが、仮に血管形成に2年以上掛かるようなケースがあるとすれば、「スキャフォールドの施術をしたのに、上手く血管形成ができない」ということが考えられる。

 

 この疑問について答えたのは、湘南鎌倉総合病院副院長の齋藤滋循環器科部長だ。

 

 血管が形成されるまでの期間は、施術手段や手技、デバイスの種類に依存します。適切な手段でステントを留置したケースであれば、施術後1カ月ほどで血管形成が始まりますが、そうでないケースでは2年経っても治癒しなかったという例も報告されています。BVSに関していえば、これまでの治験で(BMSなどに比べて)明らかにステント血栓症のイベントが少ないという結果が出ています」。

 

 適切な手技——かいつまんで言うと、血管壁にステント及びスキャフォールドをできるだけ密着させる——で施術が行なわれれば、スキャフォールドの消失(再吸収)期間内に血管形成が行なわれる蓋然性が高いという。BVSの治験状況を見ると、フェーズⅠの3年経過観察時結果で主要有害心イベントがゼロ。ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランドの12施設、患者101人を対象としたフェーズⅡでも30日経過観察時点で血栓症の発生がゼロを記録しているそうだ。

 

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 会見後、同社内に併設されているドクター向けの医療教育センター『クロスロード・インスティテュート』を見学した。2003年に設立された同センターでは——

 

・実際の手術台、樹脂製の心臓と器具使った実技訓練

 

・3DCGを使ったシミュレーション訓練

 

・肉眼で冠動脈内を視認できる環境での実技訓練

 

——という3つの異なるPTCAの実技訓練が、それぞれ別の部屋で独自にできるようになっている。

 

 

 

 年40回以上の日本語プログラムを実施することで、冠動脈疾患治療のクオリティ向上を図るとともに、日本市場における影響力保持を目指す——。このように血管系疾患治療領域のリーディングカンパニーであり続けることにこだわる同社が、いま一番力を入れて開発しているBVS。次世代ステントとなるこのデバイスシステムは、果たして冠動脈疾患治療に革命を起こすことができるのだろうか?(有)