花の色が雨天や曇天の薄暗がりでも鮮やかに浮かぶ植物である。まるで折り紙で作った風船のような蕾や、赤ん坊の開いた手のようなサイズ感のある開いた花は、色だけでなく、五角形というバランスのいい形が印象に残るのか、和歌や物語、また絵画にも古来よりとりあげられ、家紋などにも採り入れられている。平安時代の文学作品にも登場するというし、かつては日本各地に野生品があったので、キキョウは日本に元からあった植物で間違いはないと思われるが、現在は残念ながら絶滅危惧種に仲間入りしているそうである。他方、栽培品はいろいろあって、花色が薄桃色や白色のもの、八重咲きのものをはじめ多様なものが販売されている。
キキョウというと、秋の七草のひとつでー、という説明が必ず出てくるように思うが、京都でキキョウの花が咲き始めるのは毎年梅雨入り頃で、日照り少雨の年でなければ、夏じゅうちょろちょろ咲いているように思う。これが秋の七草に“あさがお”の花、として加えられている。
アサガオは多くの都会の小学生が初めて育てて観察日記などをつけることが宿題となるつる性の植物で、確かに夏の終わりから秋口に花が咲き始めるのだが、日本在来の植物ではないらしい。アサガオが日本に導入された時期より、秋の七草として“あさがおの花”が登場する方が古い時代なのだそうだ。このため、秋の七草に登場するアサガオはつる性のアサガオではなく、キキョウのことだという見解が一般的である。
キキョウは観賞用だけでなく薬用にもされる。ただし、利用部位は花ではなく、地下部の根である。サポニンを豊富に含み、咳止めや痰切りの効果を期待して漢方処方や家庭薬等に配合されている。近縁のものにはツリガネニンジンやツルニンジンなどがあり、これらも薬用とされる。いずれも地下部を利用するが、韓国ではキキョウの根も、ツリガネニンジンの根も、キムチや料理にしばしば利用され、独特のにおいがあって、元気になる薬草として人気が高い。
キキョウの地上部はがっしりしているようなイメージは無いのだが、地下部は意外と大きく太く、1年ほどの栽培で掘り上げ乾燥させて生薬にしても、直径が1センチを超えるようなものが多いらしい。また、生薬にした時の色や形は薬用人参(高麗人参・朝鮮人参)とよく似ている。薬用人参が国内で盛んに栽培されていた江戸時代以降、ニンジンはなかなか大きくならないので出荷できる大きさになるまで5年ないし6年の栽培期間を要するが、キキョウは1、2年でその大きさになるため値段が安く入手も容易で、高価なニンジンの増量材にキキョウがこっそり混ぜられることがあったらしい。
現代日本ではニンジンもキキョウも生薬は医薬品として取り扱うので、生薬に混ざっている不要物や外来物等をチェックする試験が設定されており、たとえニンジンにキキョウが混ざっていて、それを目視では区別できなかったとしても、各種試験で発見できるようになっている。そのための方法や条件が細かく記述されているのが日本薬局方である。日本の医薬品は生薬という天然物由来のものであっても、その品質と安全性の確保について妥協は無いのである。
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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。