酷暑の続く7月末。筆者(松商学園の上田佳範と同世代)と記者(館山昌平との対戦経験を持つ元高校球児)が赴いた先は東京ビッグサイト。今年初めて開催される『ROBOTECH〜次世代ロボット製造技術展』を取材するのが目的だ。


いつものように会場に入ると、どうも会場が狭く感じる。プレスセンターに行こうとしたら、専門のプレスルームはなくVIPラウンジとの共用だという。


筆者「不況なのかねぇ。予算がないのかな」


記者「案内を見るとロボテックの会場は物凄く狭いですよ」


 確かにロボテックのスペースは、「第21回マイクロマシン/MEMS展」の“1コーナー”という扱い。ただし、どの展示やコーナーよりも人が集まっていた。完全にビジネス向けの展示会であるにも関わらず、親子連れがちらほら見えていたことも印象的だった。


 今回展示されていたロボットには、ホンダの『ASIMO』のような素人目にもわかりやすい立ち姿のロボットは一台もなく、下記の写真にある通り、見栄えという点では正直冴えない印象のモノが多かった。


 

 

 

 

 

 現在、最も注目されている市場である「高齢者・介護市場」をターゲットにした製品が多かったためか、車椅子、ベッド、掃除機ロボットが目立つ。この中でとりわけ目を引いた愛らしい姿のロボットは、Vstone社の『Robovie R3』。他人の問いかけに答え、後ろをついて歩き、モノを掴む。デモではカワイイ声で自己紹介するとともに、英語、中国語、スウェーデン語などを聞き分け、待機中も常に首と腕をフラフラ動かすあざとくもカワイイ仕草を繰り返していた。


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 ふと視線を他に移すと、展示されていた車椅子が走っている。一見、ただの動力付き車椅子に見えるものの、良く見ると搭乗者の両手はお腹の上で組まれたまま。横を歩く人に自動追従するロボット車椅子なのだ。



筆者「ああいうのは見た目じゃ凄さがわからんね」


記者「あれですよ。ウチもTVカメラを持ってくれば良かったんですよ」


 そう、展示会にはロイターを始め数多くの報道陣がTVカメラを持ってきて取材していた。その報道陣が集まっていたのがデモンストレーションスペースである「ROBOTECHテーマゾーン」。初日に注目を集めていたのは電気通信大学・長井研究室の家事手伝いロボット『DiGORO』だった。


 

 


「呼びかけた人の顔を認識して、その人の後ろについて動く」


「ついていく人とロボットの間に他人が通っても、ついていく人を見失わない」


「『玄米茶を捨てて』『紅茶を取ってきて』という、ユルい命令を聞き分けて実行する」


「『ヘリコプターを描いて』など何がしかのモノを指定したら、そのモノをイラストに描く」


 30分程度のデモだったが、最後の方には黒くて無骨な『DiGORO』の持つ緑の瞳に小さな人格が宿っているのでは? と思わせるほど、見事な動きだった。



筆者「なんかロボット見てるだけでワクワクするなぁ」


記者「ロボットを見るだけじゃダメです。やっぱり医療関係のネタを探さないと」


 そんな使命感に駆られて取材したのが、最終日にデモをしていた産業技術総合研究所のロボットアーム『RAPUDA』(写真:arm)。この一見、何の変哲もない『RAPUDA』の凄いところは「ヒジがないこと」にある。通常のロボットアームにはヒジ関節があり、これが曲がるときにユーザーの指を挟み込んだり視野が塞がれるという問題があった。『RAPUDA』は伸縮式でヒジがなく安全性の高いことと、市販のテンキー、シングルスイッチ、ジョイスティックなど複数のインターフェイスが使えることが大きな特長という。



 デモでは、「床に落ちたちいさなマスコット」と「イスの上のカップ」をそれぞれ取り上げる動きを実演。動き自体は緩慢——安全性を考慮して動作スピードは敢えて落としているという——なものの、ググッと伸びるアーム、“肩”と“手首”の可動範囲の広さ、手元のジョイステックと完全に同期した動きなどが印象に残った。現在、1年後の実用化を視野に入れテストしている最中で、量産化の暁には80万円程度で販売できるという。


 

 

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 ロボットアームのデモに感心しっぱなしの筆者と記者。見学を終えてVIPラウンジに向かう途中、目に入ったのが東京大学IRT研究機構の『パーソナルモビリティ』。一見、凄くデザインのカッコイイ車椅子でしかないが、その中身といえば——



「手を使わず、お尻と脚の筋肉を動かすことで自由自在に操縦できる」


「背中、お尻、足元のセンサーで、載っているのがヒトかモノかを判別できる」


「モノを載せるとキャリーモードとなり、外から指一本で前後左右に動かせる」


「カメラは他人が手招きする動きを読みとり、手招きした人に自動で向かっていく」


——という優れモノ。実際、筆者が指一本でクイッと押すと75kgの本体はズズズッと動く。展示されていたモノは室内用だが、将来的には高齢者が外出する際の“足”になるのだろう。


 伸縮型のロボットアームにパーソナルモビリティ……こういうロボットが「研究者の高価なオモチャ」というレベルではなく、「量産化を視野に入れた製品」レベルにあることに驚かされた。もう家庭内にロボットが入ってくることは遠い未来ではないということなのだろうか?


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 そんなことを考えながら聴講したのが、特設会場で開催されていた講演「高齢者向けコミュニケーションロボットシステムについて」(千葉工業大学未来ロボット技術研究センター・古田貴之所長)だった。


 古田所長は、「日本のロボット開発の方向性は、『家のロボット化』(=在宅でいかに健康管理をするか?)と『家の外のロボット化』(=いかにして安全に移動するか?)がメインになる」と語る。少子高齢化の進展が、これまでロボット技術が入れなかったサービス産業にロボットが浸透する契機になるという。


 サービス産業へのロボット参入には、「規格」の統一が絶対条件とのこと。現在、最先端のロボット開発は、二足歩行や音声認識、センサーの高性能化よりも、ソフトや部品の規格化がトレンドとなっているそうだ。


「(規格化された)ロボットの使い方を考えるのは技術者ではなくユーザーの仕事。いま、パソコンをゼロから作って販売するビジネスはほとんどない。パソコンのソフト、ハードを使って『どのようなサービスを提供するか?』というアイディアをビジネスにしている。遠からずロボットも同じようになるだろう」(古田所長)


 つまり、現在、技術者が躍起になって開発している規格化によって、未来のロボットは現在のパソコン——マザーボードからグラフィックカード、メモリなどが完全に規格化されている——のように、素人のユーザーが“自作”できるほど身近な存在になるらしい。


筆者「ロボットのソフト、ハードの規格化について、2010年現在のパソコンと同じレベルになるまでには、どのくらいの時間が掛かるものなのでしょうか? 2020年頃には実現していますか?」


古田所長「これから1年が勝負です。ロボットはターゲットが定まらないので規格を作りにくいのは事実ですが、5年、10年と悠長に時間は掛けていられません。言葉を換えれば、ターゲットが決まれば規格化は速やかにできます。例えばパーソナルモビリティやシニアカーに焦点を定めれば、半年で規格化は達成できます」


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 随分力強い言葉だが、この見通しが根拠のない強気なものなのか、技術的にも政策的にも妥当なことなのか? ロボット市場に全く疎い筆者には、何とも判断がつかないというのが正直なところだ。ただ、ロボットが身近な存在になる日は、そう遠い未来ではないということなのだろう。


「自宅で全てのバイタルチェックを済ませ、買い物にはベッドから直接乗り込んだパーソナルモビリティで向かい、重い荷物はロボットアームやキャリーで運んでもらう」


10年後、いや5年後にはそんな未来が現出しているのかも知れない——そんな明るい未来を思わせるような展示会だった。(有)