京都大学大学院
医学研究科臨床神経学准教授
池田 昭夫氏


「<てんかん>の大発作は、繰り返すと植物状態や致死の可能性もある」という事実は、知っているようで意外と知られていないことではないだろうか? 全症例の2/3は原因不明とされる<てんかん>の症状は、一般に良く知られる大発作——ドラマやマンガなどで「白目を剥き泡を吹いて痙攣」という紋切型な描写がなされる<てんかん>発作——だけではない。パニック発作やいわゆる痴呆状態、脳梗塞に極めて類似した麻痺、失語など、極めて多彩な形の発作を引き起こす。それだけに、こうした症状が現れても見過ごされてしまい、<てんかん>が悪化して大発作を引き起こす——というケースも少なくないという。

 

 今回取り上げるのは「見過ごされやすいてんかん発作」。京都大学大学院医学研究科臨床神経学の池田昭夫准教授の講演(「てんかん」疾患プレスセミナー)。

 

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 まず、こちらの映像をご覧ください。この患者の症状は全般性強直間代発作(大発作、全身けいれん発作)です。


 紹介されたビデオには、ベッドから半身起こされた状態の男性が映っていた。その男性が突然、腕を前に上げて硬直する。その様子は誤解を恐れずにいえば「キョンシーが半身起きている」ように見えた。しばらくその状態で硬直したかと思うと、いきなり頭からつま先までガクンガクンと激しく震えだし、しばらくけいれんした後、ぐったりとしてベッドに倒れこんだ。時間にして1〜2分のことだ。

 

 このような大発作のあいだ、患者は息を吐き続けています。全身の筋肉を思い切りつかって痙攣することは激しい全身運動と同じことですから、大発作とは「息を止めながらトラックを全力疾走する」ようなものといっていいでしょう。結果、こうした大発作を何度も繰り返すと、心臓に大きな負担がかかりますし、ときには脳に十分な酸素が行き渡らずに植物状態になったり、口腔内にたまった唾液を誤嚥して窒息死することもあります。

 

 では、こうした大発作以外にどのような症状があるのか? 具体的な事例を紹介していきましょう。


 ここで紹介された映像は、いずれも<てんかん>の発作だが、そのありさまはどう見ても<てんかん>とは思えないものだった。

 

・「左手を上げてください」「(ボールペンを目の前に出して)これは何ですか?」「あなたの名前は?」——という問いかけに答えられず、全く会話が成立しない発作。

 

・突然、「助けてぇ〜!」「おかんに殺される!」と叫びだし、パニック映画のヒロインもかくやと思わせるほど怯えだす発作。

 

・熟睡中、突然大声で叫びだし暴れたかと思うと、電池が切れたように眠りだす発作。

 

 これらの症状は、あらかじめ<てんかん>の発作であると知らされていなければ、「痴呆症の前兆」「ひどいパニック発作」「ひどく寝ぼけているかうなされている」ようにしか見えないものだった。

 

 いずれも脳の一部が刺激されたか脱落、変容した結果、引き起こされた<てんかん>の発作です。脳は各部位が意思や知性、五感や言語感覚、情動、記憶などを司っています。これらの部位が刺激されたり、変容してしまうことで、「突然暴れだす」「いきなり物忘れをしてしまう」ようになるということです。

 

 映像で紹介した発作のほかにも、「麻痺や失語」といった脳梗塞に極めて近似した発作や、「体外離脱」「前知謬」といった非日常的な体験を伴う発作もあります。「前知謬」とは、これから起きることを前もって知っていたと思うような順行性記憶錯誤で、具体的には「人込みのなかで、向かってくる人がどちらの方向に進むかわかる」「ラグビーの試合中に、数秒先の試合展開がわかる」「夢で見たことが現実に起きた」といった症状です。生物学者の南方熊楠が、このタイプの発作を起こした<てんかん>患者であったことが文献で確認できています。

 

 このように認知症、うつ症状、睡眠以上、精神疾患、脳出血……多様な症状を引き起こすだけに、日常生活のなかで<てんかん>であることが見過ごされてしまうことも多くあります。結果、発作がエスカレートして大発作を引き起こすようになり、最悪の事態を招いてしまいかねないわけです。発作が起きたときに<てんかん>とは畑違いの診療科ではなく、すぐに<てんかん>の専門医にかかれるような診療体制を構築することが必要であると考えています。

 

<てんかん>と診断されれば、その後の治療法は多種多様だ。とりわけ最近では抗てんかん薬が相次いで上市されており、多くの場合、薬物治療によりQOLを大幅に向上できるという。

 

 93年以降、海外では10種類以上の新たな抗てんかん薬(3rd era)が上市されています。これらの新薬は従来のような単剤療法ではなく、追加併用の多剤療法で有効性が示されていることが大きな特長といえます。昨年9月に上市されたレベチラセタムは、海外では副作用が少なく——昨年末から使用した実感では、日本人では「眠気」を訴える患者が多いように感じました——相互作用にも気を使わずに済む使いやすい薬として知られています。

 

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 今回の講演で、初めて様々な<てんかん>の症状をつぶさに見ることができた。しかし、もし家族や知人が<てんかん>の発作を起こしたときに、それが<てんかん>の発作なのか? それとも他の症状なのか? を判断することは不可能だろう——というのが率直な感想だ。ただ、「痴呆やパニック障害かもしれないが、もしかしたら<てんかん>なのかも?」と、ちょっとでも疑ったとき、身近に「てんかん外来」があれば、話は変わってくる。


 国内の推定患者数100万人超という、決して稀な病気ではない<てんかん>。より多くの患者を救うためには、<てんかん>の専門医と診療体制の充実に加え、従来のものより使い勝手の良い新タイプの抗てんかん薬の普及がカギとなるのではないだろうか。(有)

 

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このたびの震災に伴い、ご講演いただきました池田昭夫先生より、以下のコメントをいただきました。


①てんかん発作の内服薬は継続できる様に。薬が切れると、大きな発作がおこって生命に大変危険です。
②かかりつけ医が受診できない場合は、もよりの医療機関に必ず相談してください。
③被災地で診療可能な医療機関は、社団法人日本てんかん協会のホームページ(http://www.jea-net.jp)で公開しています。


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災害支援のためのてんかんホットラインの開設のお知らせ


 東北関東大震災に被災された方々にこころよりお見舞い申し上げます。


 てんかんは継続した治療が必要であり、薬物の中断は重積や受傷など生命の危機を生じる場合があります。当院では、被災地におけるてんかん診療支援のため、医療関係者等を対象とした下記の相談窓口を開設いたします。ご利用ください。


◆てんかん支援ホットライン
・国立病院機構 静岡てんかん神経医療センター内
・電話:054-245-5446(代)
・FAX: 054-247-9781
・メール:sien@szec.hosp.go.jp またはepilepsy.disasterhelp@gmail.com
・ホームページ:http://www.shizuokamind.org/(てんかん災害支援ネットワークにアクセス)


 てんかん診療にかかわるどのようなことでもご相談ください。被災地から携帯電話で直接お電話いただければ幸いです。診療にかかわること、薬剤のこと(薬がわからない等)、被災地域あるいは広域のてんかん診療にかかわる情報などをわかる範囲で提供いたします。てんかん専門医をはじめとする医療スタッフが対応いたします。


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