スギメディカル株式会社
代表取締役社長
荒井 恵二氏
先日取材した『オンコロジージャパン2010』におけるスギメディカル株式会社の荒井恵二社長の講演。その革新的な内容に惹かれた筆者は、取材翌日にインタビューを依頼した。
スギメディカルが、『街の病棟化』構想の実現に向けて踏み出したのは07年4月のこと。医療事業本部下に「地域医療連携室」「在宅医療営業部」を新設したのが、現在の『街の病棟化』への第一歩という。その後、(株)富士バイオメディックスより臨床CRO事業、非臨床事業を、㈱富士クリニカルサポートよりSMO事業を買収。昨年六月にはテムリックCRO(株)と合併した。この他にも訪問看護ステーションを開設するなど、徐々に新事業展開のスピードを上げはじめている。
スギメディカルは、5年後、10年後にどのような“一手”を打つのか?
30分の講演では聴けなかった、スギ薬局グループの医療事業戦略について訊いた。
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◆従来のマーケティングが通用しない超高齢社会
筆者——まずは、御社の新たな試みに対するメーカーからの反応をお聞かせください。
荒井恵二社長(以下、荒井社長)——すでにメーカーサイドから多くのご相談をいただいてます。「そちらの訪問看護、CROを使った良いスキームはないか?」というもので、あるメーカーからは、「薬局を使って新たなマーケティングを練り直したい」という話をいただいています。正直、こちらから話を持ち掛けなければ、メーカーと話し合いをする機会は少ないと思っていました。ここ数カ月でメーカーから相次いで相談を受けていることを、ありがたく思うと同時に、時代の流れの早さを実感しているところです。
いまやセグメンテーションが意味をなさないくらいに高齢化が進みつつあります。オンコロジージャパンの講演で紹介した通り、近い将来には市場の7割以上が高齢者向けの製品で占められることになるでしょう。市場がここまで激変するということは、医薬品マーケティングの前提がコペルニクス的に転換するわけですから、現在のようなセグメンテーションをしても、効果的に収益を伸ばすことは難しいでしょう。
筆者——では、どのようなセグメンテーションが望ましいのでしょうか。
荒井社長——国民皆保険制度の下では、高齢者が受けられる医療に大きな格差はありません。つまり、均質化した市場であるため、そこでセグメンテーションすることは大きな意味をなしません。必要なことはセグメンテーションではなく、「確実に高齢者市場をカバーできるか否か」なんです。私たちの戦略は、これからの医療・医薬品市場の主流になるであろう高齢者市場に向けて、最適のアプローチをすることにあります。
筆者——現在はCSOを活用して、「新薬上市」「キャンペーン開始」といったMRが最も必要な時に合わせてCMRを大量動員し、大病院を中心にプロモーションすることが賢い戦略と考えられていますね。
荒井社長——現時点では、大多数の患者、高齢者が大病院に入院していますから、そこに焦点を当てたマーケティングは最適の戦略といえます。しかし、数年後にはこの図式が変わります。高齢者が都市部でより増えるなかで、これを受け入れる大病院、ドクター、看護師の絶対数は増えないわけですから。大病院中心の医療体制だけでは対応しきれず、介護施設も足りない状況が続くことは目に見えているわけです。
筆者——では、病院に入れなかった高齢者はどこにいくのでしょうか。
荒井社長——自宅、介護施設、訪問看護……ここではこうした市場を便宜的に<地域>としますが、病院で受け入れられなくなった高齢者は、こうした<地域>の世話にならざるを得なくなっていることでしょう。そして、このような病院から<地域>への移行圧力は、制度改正や規制緩和によって強まりこそすれ弱まることはないといえます。こちらにお示しした通り(図1、図2)診療報酬の変化から見ても、病院から<地域>への移行は国が主導している政策でもあるのです。
調剤薬局、介護施設、訪問看護を初めとする「医療の末端市場」を視野に入れなければなりません。早晩、病院とドクターだけを相手にマーケティングを考えれば良い時代は終わろうとしているのではないでしょうか。
◆『街の病棟化』を実現するカギとは?
筆者——しかし、現在の調剤薬局では、大病院で使われるような医薬品を自由自在に扱えないと思います。
荒井社長——そこは大きな課題です。少なくとも現在の医療体制では、バイオ医薬品や分子標的医薬品を調剤薬局で扱うことは難しいといえます。生物学的製剤のなかには、大手卸でも対応できない厳格な保存管理が求められる製品がありますし、投与直前に調製が必要とされる製品も数多くあります。こうした医薬品を<地域>で扱えるようにするためには、薬剤師のレベルアップや物流体制の見直しだけでは事足りません。製品の開発段階から処方に至るまでの製品の流れ、そこに関わるメーカー、CRO、SMO、調剤薬局、診療所、訪問看護ステーションなどのプレイヤーが有機的に連携することが絶対に必要です。
「使われる医薬品がどのようにして作られたのか?」
「その医薬品が<地域>でどのように使われるのか?」
「<地域>で使うために、どのような工夫が必要なか?」
このようなナレッジを全てのプレイヤーが共有することで初めて、私たちが目指している『街の病棟化』が実現すると確信しています。
筆者——具体的にはどのようなプロセスで『街の病棟化』を実現するのでしょうか。
荒井社長——それぞれのプレイヤーが、自らのポジションを超えて仕事ができる環境を整えることです。CRAは臨床開発・モニタリングだけに専念するのではなく、その後のマーケティングにも深く関わる。薬剤師も調剤だけに専念するのではなく、モニタリングにも積極的に参加する。訪問看護師は<地域>での使用状況やニーズを臨床開発にフィードバックする——というように、それぞれの立場を越えて連携することにより、ナレッジを共有できるはずです。『街の病棟化』の実現には、製剤情報を深く知るスペシャリストのCRAが、薬剤師、訪問看護師を“導く”役割を担うことがカギになるといっていいでしょう。これはSMO事業のCRCも同じです。
筆者——現在のCROビジネスでは、CRAをスペシャリスト化させることは不可能ではないでしょうか。なぜなら、CROの臨床開発プロジェクトは、多くの場合「1〜2年のスパンで一つのプロジェクトを担当する」というスキームで動いています。つまり、ほとんどのCRAは「今年は消化器製剤」「来年は循環器製剤」というようにプロジェクトを渡り歩くということで、製剤情報について広く浅く知ることはできても、深く知るスペシャリストになることは難しいでしょう。
荒井社長——従来型のCROビジネスについて言えば、ご指摘の通りです。ですから私たちは、従来型のCROとは別の道を歩むつもりです。<地域>で高度な医薬品が使われるためには、臨床開発に従事したCRAの持つナレッジが必要不可欠で、これを薬剤師、訪問看護師らが共有すること。すなわち、医薬品開発から処方までの「川上から川下までの継続性と一貫性」を確保することが肝要です。
であれば私たちはどのようなCROビジネスを展開するのか?
その答えは、開発プロジェクトを終えても開発チームを解散させないことです。具体的には、「抗がん剤A」の臨床開発チームに参加したCRAは、そのまま「抗がん剤A」のスペシャリストとして、上市後のマーケィテングや調剤、市販後調査にも参加していくということです。このように臨床開発の経験を通して生きた学術情報を持ったCRAに<クリニカルリサーチャー>という役割を担わせることで、調剤薬局や訪問看護ステーションを地域医療の拠点、薬物療法の拠点——いわば<地域>で最先端の医薬品を処方するための『シンクタンク』にするつもりです。『シンクタンク』で医薬品情報の収集・提供の中核を担うのが、開発製剤のスペシャリストである<クリニカルリサーチャー>ということです。
◆「処方」よりも「処方設計」を重視したマーケティングへ
筆者——『街の病棟化』を実現するためには、CROとCRAの存在意義を根本的に変える必要があるということは良くわかりました。ただ、敢えて申し上げるなら、CROだけでなく、医薬品情報提供者であるMRとメーカーの営業体制も同じように変わる必要があるようにも思えます。
荒井社長——そこはメーカーのマーケティング戦略に関わる話ですから、何も申し上げられません。ただ一ついえることは、高齢者層が市場を席巻するような時代においては、新薬の処方よりも処方の中止の方が、シェアを大きく左右するということは指摘しておきたいと思います。高齢者にとって医薬品とは、同じ薬を10年、20年と継続して使うものであり、度々「これは使いたくない」と処方を拒否するものです。処方の中止を決めるファクターは、本人の意思だけでなく家族、TV番組、薬剤師、医師などあらゆることが考えられます。こうした不確実性を少しでもコントロールするためには、単剤でのプロモーションよりは、複数製剤を使った処方設計を考慮したプロモーションが効果的でしょう。この点から見ると、営業プロジェクトにも継続性という視点を置いて損はないと思いますね。
筆者——処方そのものよりも処方設計こそがマーケティングのカギになるということですね?
荒井社長——そうですね。ただ、こうした処方設計を重視したマーケティングを展開するためには、医薬品の入り口(開発)と出口(調剤)を合わせなければなりません。「この治療薬をどのように処方すべきか?」「どのような組み合わせであればベストなのか?」といったことは、臨床開発を担当したCRAに聞くのが一番早い話ですよね。その情報が薬剤師、訪問看護師などの最前線の医療人と共有されていれば、理想的な形で処方設計を重視したマーケティングを進められるはずです。
・<クリニカルリサーチャー>が中心となって、学術情報、処方設計、最前線の使用情報などを共有する。
・こうしたナレッジをメーカーにもフィードバックすることで、CRO、SMO、調剤薬局、訪問看護ステーション、そして患者の自宅を巻き込んだ『街の病棟化』を実現する。
加えて規制緩和や物流インフラの整備なども必要となるでしょうが、根幹となる部分は<クリニカルリサーチャー>の育成であり、最新医薬品の情報とナレッジの集積地となる『シンクタンク』の設立であり、これらを活用したナレッジの共有です。
私たちが目指しているのは、全ての国民が均質な医療を受けられる体制を構築することです。大病院に入院している患者だけでなく、自宅で療養している高齢者にも同じクオリティの医療を受ける権利があり、この権利を空文化しないために『街の病棟化』を進めているのです。
筆者——本日はお忙しいなか、インタビューに応じていただきありがとうございました。
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高齢化の進展により、高齢者が病院から<地域>へと移行するなか、新たなドラッグラグの発生を未然に防ぎ、全ての患者に高度な医療を提供する——。
一見、夢物語にも聞こえるが、インタビューでじっくり訊いてみると「十分に勝算のある手」であることが感得できた。スギメディカルが目指す『街の病棟化』は、すでに現実のものとなりつつある。埼玉県所沢市では終末期医療をテーマに高齢者住宅、薬局、訪問看護ステーションを組み合わせた戦略モデルをスタート。全国展開している調剤薬局併設ドラッグストアに加え、2012年には約100拠点の訪問看護ステーションのネットワーク化を実現するという。また、治験事業は、非臨床、SMO、CROと各事業とも成長してきており、グループシナジー効果がこれから現れてくるものと期待されている。
現時点で、最も現実的な形で「超高齢社会に対応した医療マーケティング」を追求しているであろうスギメディカル。同社のチャレンジが10年後、20年後にどのような成果を生み出すのか?今後とも注目していく必要がありそうだ。(有)
スギメディカルHP
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