和田小児科医院
院長
和田 紀之氏
これは保育所(保育園)に入園した園児の上咽頭で培養されるインフルエンザ菌、肺炎球菌の推移を表したもののだ。4月の入園時に半数程度いる「いずれの菌も培養していない幼児」も、入園から3カ月足らずでいずれかの菌を培養することになり、半年後にはインフルエンザ菌、肺炎球菌の両方を培養してしまう園児が94.1%にも上ることを示している。
この図から明らかなことは、「保育園に入園させる=様々な感染症のリスクと向き合う」ということ。
今回のテーマは「意外に知られていない保育園での感染症」(和田小児科医院院長・東京慈恵会医科大学小児科学教室講師の和田紀之氏)。ワイス株式会社記者勉強会での講演を取り上げる。
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みなさまご承知の通り、乳幼児は感染症にかかりやすいものです。未熟であるために免疫がない、衛生知識に欠けている、何でも口に入れてしまったり、床についた手を舐めたりする。乳幼児にとっては、ほとんどの感染症が初感染であり、保育園や幼稚園では大人よりも人との接触回数が多いのですね。だからこそ感染症に対しては十分な対応が必要といえます。
インフルエンザ、はしか、ノロウイルス……。いずれの感染症も場合によっては“命取り”となり得ます。なぜなら乳幼児の場合、感染症に罹患しても適切に症状を訴えられなかったり、脱水症状を起こしやすかったりするため、気づいたときには手遅れとなってしまいかねないのです。
保育園は集団生活を営む場所ですから、そこに通う園児には特定の感染症に罹患する頻度が高く、加えて薬剤耐性菌に感染するリスクも高いといえるでしょう。園児間で細菌の伝播が頻繁に起き、これらの細菌も鼻咽腔へ簡単に定着します。乳幼児は免疫学的に未成熟であるため、薬剤耐性菌の分離頻度も高いのですね。
つまり、感染症への罹患だけでなく、「薬の効かない感染症」にかかってしまうリスクもあるわけだ。このように怖い感染症に対して、保育園はどのような対策をとれば良いのだろうか?
講じるべき対策としては、環境衛生、食品管理などの基本的な対策はもちろんのこと、「施設の全ての乳幼児と職員が年齢に応じた予防接種と定期健診を受ける」ことが重要となってきます。
予防接種がなぜ重要なのか? 麻しん(はしか)を例にお話しましょう。
麻しんはとても恐ろしい病気です。でも、本当に怖がっているのは小児科医だけで、一般の人はあまり怖がっていないんですね。麻しんに罹患すると一時的に免疫力が低下して、麻しん脳炎、麻しん肺炎、中耳炎などの合併症を引き起こします。1000人発病したら1〜2人死ぬという極めて高い死亡率(09年の新型インフルエンザの死亡率は1000万人に2人死ぬ程度)で、せき、鼻水、目やに、食欲不振という“フルコース”の症状がでます。
この麻しんについて、日本は世界から「麻しんの輸出国」といわれています。なぜかといえば、予防接種率が世界水準より低いためです(日本の予防接種率は90%程度)。結果、08年では人口100万人に対して86.1人が発症しました。世界では麻しん根絶を目指す動きがあるなかで、日本の現状は立ち遅れているといわざるを得ません。麻しんに治療法はありませんが、ワクチンを接種すれば予防は可能なのですね。
言葉を換えれば、全世界の人々が適切なタイミングで麻しんワクチンを接種したならば、世界から麻しんを根絶できるということ。そして、こうした予防接種は「薬剤耐性」を持つ菌に対して唯一の防衛策ともなるのだ。
小児期の肺炎球菌感染症がなぜ怖いのか?
とりわけ注目されるのが急性中耳炎(3歳までに約70%が罹患。このうち30%が肺炎球菌によるもの)です。治らず、繰り返し発症する急性中耳炎は、主要起炎菌である肺炎球菌とインフルエンザ菌の著しい薬剤耐性化が原因の一つといっていいでしょう。乳幼児の耳鼻科感染症では、PRSP(ペニシリン耐性肺炎球菌)、PISP(ペニシリン低感受性肺炎球菌)の検出頻度がすでに80%近くに達しています。
薬剤耐性菌の抑制には、抗菌薬の使用制限以外に方法はありません。つまり、肺炎球菌ワクチン及びインフルエンザ菌ワクチンの早期導入により罹患自体を防ぐのがベターな方法であるということです。
予防接種が必要なのは園児に限ったことではない。毎日園児と過ごす保育士などのスタッフも同様だ。
職員が保育園の外から感染源を持ち込まないこと、保育園内で感染を広げないことも大切です。日頃の健康管理はもとより、麻しん、風疹、水疱瘡、おたふくかぜなどに罹ったことがない場合には、これらの予防接種を受けることが肝要です。もちろん、インフルエンザの予防接種も積極的に受けるべきでしょう。また、保育園においては、職員の採用時に各種予防接種歴、感染症の罹患歴も必ず確認する必要があります。これは教育実習生の受入れに当たっても徹底することです。
記者勉強会が開催された前日(09年12月15日)、ワイスは13価肺炎球菌混合型ワクチン「Prevenar 13」(生後2カ月から5歳以下の乳幼児を対象とした適応)の承認を申請した。10年春には既に承認を受けた7価肺炎球菌型混合型ワクチン「プレベナー」を上市する予定だ。2000年から小児用肺炎球菌ワクチンの定期接種が始まったアメリカでは、肺炎球菌による重症な細菌感染症は激減したという。海外に比べ肺炎球菌の耐性化が進んでいるとされる日本において、新ワクチンは小児感染症を防ぐ切り札となるのだろうか?(有)