日本家族計画協会
常務理事
北村 邦夫氏


 低用量経口避妊薬、いわゆる低用量ピルが承認されて10年が経った。日本家族計画協会の常務理事でありクリニックの所長でもある北村邦夫先生が、プレスセミナーで「日本の低用量ピル(OC)事情」について演述した。

 

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 次世代の国民の健康を保持するのは、国の責任である。とくに女性は新しい生命を宿す体なのだから、無用の痛みや苦しみから解放されてしかるべきである。低用量ピルでそれが実現できるのだから、もっともっと普及していいはずである。日本の場合、10年経ってもいまだしの感がある。


 月経不順、月経痛(3割が要治療)などの月経困難症で悩んでいる女性が多い。生理痛で寝込んでしまう女性もいる。ピルを飲めば避けることができる。日常生活でもイベント時に活用できるし、受験の際のハンディを除くことができる。よく効くので思いがけないよいことが沢山でてくる。楽しみに飲んでいい薬である。1シート飲んで症状が軽減した女性は8割、3シートで9割以上という結果が出ている。6ヵ月飲んでやめても、それらの症状はおさまっている。ピルのある暮らしが常態化すればハッピーである。ピルが必要でなくなる年齢からは、ホルモン補充療法もある。


 厚生労働科学研究の一環として、我われが行った「第4回男女の生活と意識に関する調査の結果によれば、ピルの普及率は3%、推計82万3000人であり、将来は使いたいとする女性まで含めると527万5000人となっている。服用者を対象とした全国調査では95%が「満足」と答えている。

 

 06年に「低用量経口避妊薬の使用に関するガイドライン」が改訂された。99年当時のガイドラインは当時の不安を反映していたが、改訂版は「問題を重視し、血圧測定を必須とする」など世界水準に準拠したものとなり、ピル普及を促進することとなった。

 

 フランス人女性は、自分にとってもっとも大きな社会的変化として、ピルの登場をあげている。日本でも女性のQOLを支える立役者になる可能性を秘めている。

 

 我が国の人工妊娠中絶実施件数・実施率が、総数だけでなく全ての年齢階級、とくに20歳未満において顕著に減少していることは周知の事実である。「これを可能にしたのは何か」の問いかけに対して、中絶手術を担当する産婦人科医はピルや緊急避妊法の認知度と普及率の上昇をあげている。

 

 ピルを発売している企業全社の売り上げ実績は前年比15%程度の増加が続いている。私の施設で開設している「ピルサポートコール」(月曜日〜金曜日の10時〜16時、電話03-3267-4104番)の相談件数も増加の一途を辿っている。いろんな調査データをもとに、ピルの普及状況を推計すると、10年後には14・2%になると予測される。

 

 我が国でのピル承認は、米国に遅れること40年である。なぜこのように遅れたのか、私は次のように推察している。

 

①HIV/AIDSを含む性感染症を拡大させるのではないか
②乳がんや血栓症などのリスクが心配である
③少子化をさらに加速化させる。
④その他。

 

①日本で初めてHIV/AIDS患者が報告されたのは95年。世界ではピルはすでに使用されて30年余が経過した後にHIV/AIDSが話題になったことから、日本の動向には強い関心が向けられた。私たちは一貫してHIV/AIDSの拡大を防止するのは性教育、ノーセックス、コンドームの正しい装着と使用だ、と訴えてきた。06年11月に「性感染症に関する特定感染症予防指針」が改訂され、性感染症を拡大させる元凶のように扱われてきた低用量経口避妊薬の文言が、すべて消えることになった。

 

②メディア、ピルの服用を希望する女性だけでなく、処方する医療従事者でさえも消しさることができなかったのは、乳がんや血栓症などに関するリスクについてであった。しかしピルの長期使用に伴うデータが揃った今日、乳がんが話題になることはなくなり、血栓症については、我が国における発症率はもともと低く、発売後の報告結果をみても、影響は小さいと推定されている。

 

③少子化はたしかに深刻な社会問題であるが、「産みたいときに産む、産めないときに確実な避妊をする」という棲み分けができることこそ、少子化を解決する近道であるとの意見が少なくない。事実、フランスのように合計特殊出生率が約2に達し、さらに上昇傾向にある国などをみても、ピルの普及率は決して低いわけではない。

 

④ピルの承認に異論をはさむ人々は決して少なくはなかった。身近な所では女性の自立を望まないグループ、生命論争を仕掛けて反対するグループなどが目立っていた。しかし94年にエジプトのカイロで開かれた国連主催の人口開発会議などでリプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)などが話題になることで前者の考え方は徐々に陰をひそめるようになった。後者については「宗教と科学」の狭間の問題として、決着を求めることはできないままとなっている。

 

 まとめとしていえば「使いたくない人にもピルを」なのではない。使いたいがまだちょっと不安がある人に対して、十分に確実な科学的・具体的な情報を提供して、安心して使えるような環境をつくることにある。我が国におけるピルの普及は、私にとっての悲願であり、女性たちへの愛だということを結論として申し上げたい。(寿)