福田敬
東京大学大学院医学系研究科臨床疫学
経済学准教授


・医療の効率性評価——その“基本中の基本”を解説

 
 医療の世界では、世間一般のビジネスのように市場原理が働かない。医師と患者との情報格差が大きすぎることから、食品や家電製品のショッピングのように、「消費者が店頭で品定めして購入する」ことができない——ほとんどの患者は、自分の症状とその治療手段、かかる時間と費用などを正確に判断(診断)できない——ためだ。 

 

 しかし、市場原理が働かなければ競争による価格下落も起きず、放置しておけば医療財源の逼迫を招きかねない。その財源も“ほぼ公的財源”である保険が大部分を占めている。つまり、医療財源の適切(効率的)な配分や、公的財源の無駄遣い抑制を実現するためにも、「この治療法、あの医薬品の効率性が高いのか否か?」という医療の効率性評価が必要ということだ。 

 

 今回取り上げるテーマは、「子宮頸がん予防ワクチンの医療経済的効果とその意義」(グラクソ・スミスクライン、メディアセミナー)。「子宮頸がんワクチンの医療経済的意義」をテーマに、医療の経済効率性について真正面から論じた福田敬・東京大学大学院医学系研究科臨床疫学・経済学准教授の講演内容を紹介する。 


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 どのような手法で医療の効率性評価を行うのか? 具体的なお話の前に、まず自動車の燃費を例にとって効率性評価の基本をご説明します。

 

 ここにA車とB車という2台の車があります。ガソリンを満タンにしたときA車は500km走り、B車は600km走ります。これだけを見ると、B車の方が長く走れて良い感じがしますよね。でも、両車のタンク容量がA車で40リットル、B車で50リットルであることがわかると、話は変わってきます。この場合、1リットル当たりの燃費はA車で12.5km、B車では12.0kmとなり、燃費の点ではA車に軍配が上がります。

 

 このように、効率性を評価するためには、「投入」(ガソリン容量)と「産出」(走行距離)の両方を考慮しなければなりません。これを医療に置き換えると「費用」(医療費)と「結果」(治療効果)になります。つまり、どれだけの費用を使って、どのような結果を得られたかを考えることが大切なのであって、決して「費用が削減できたから効率的だった」ということにはならないのです。そのうえで、複数のプログラムを比較する必要があります。一つの方法だけを評価しても、その方法が本当に効率的か否かはわかりませんからね。他の方法と比較して初めて、「こっちの方法がより効率的である」と評価できるわけです。


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 効率性評価の手法を医薬品に応用する場合には、もう少し複雑な手法が必要になるという。 

 

 既存薬と新薬のどちらが効率的か? その比較手法はこの図(図1)のようになるという。この場合、100人に投与した場合の年間総費用は、A薬で1億円、B薬で1億5千万円。それぞれの5年後生存率は60人、80人となる。 

 

図1


 費用効果比を単純計算すると、A薬は1人生かすために167万円かかり、B薬では188万円となる。前述の自動車の燃費と同じように考えれば、「B薬はA薬より効率が低いから、A薬を使うべき」となるが、一方で、「一人でも多くの命を救うべき」という意見も出てこよう。こうした場合、医療の経済性はどのようにして評価されるのだろうか?


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 医療としては、より効果の高い薬を求めるのは当然です。このケースについて言えば、「(既存薬では1億円だった治療に)追加の5千万円を払う価値があるか否か?」を評価しなければなりません。その手法はこちらの図(図2)の通りです。

 

 

図2


 このように増分費用効果比を算出したうえで、「1人救うために新たに250万円かかることは良いのか悪いのか?」を判断する必要があります。誰が判断するのかといえば第一義的には支払者です。自己負担であれば本人や家族であり、公費であれば国民的なコンセンサスが必要になるでしょう。

 

 参考までにイギリスでは、1人の寿命を健康な状態で1年延ばすために掛かる費用(QALY=生活の質を調整した生存年)について2万〜3万ポンド(約420万〜630万円)くらいまでであれば効率的だと考えられています。同じくアメリカでは5万ドル(約550万円)程度とされています。

 

 ここで改めてA薬、B薬の経済効率性について見てみましょう。一つの基準として5万ドル/QALYを置いて見てみますと、この図(図3)のようになります。つまり、5万ドルを超えず、A薬よりも多くの命を救えるということであり、この点で「B薬はA薬よりも経済効率性に優れている」という判断ができるわけです。

 

 
図3

 

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 と、ここまでが医療の効率性評価に関する“基本中の基本”の話である。今回のテーマである子宮頸がんワクチンの経済効率性について見る場合には、上記のような素朴なモデルだけではなく、より複雑な評価方法をとる必要がある。 


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  子宮頸がんワクチンの効率性評価では、費用効用分析と費用便益分析という評価手法を使います。その費用の見方についても、直接費用(診断、治療のために必要な費用)だけでなく、間接費用(労働損失、機会費用など)を考慮する必要があります(図4参照)。ワクチンを使うことで、「これだけの病気が予防され、結果、このくらい労働損失が減った」といったことを調べるわけです。


 

 
図4

 

 また、ワクチンの効果を評価するには長期間の計測が不可欠です。将来発生する費用については割引率を設定しなければならないでしょう。いうまでもないことですが、現在の費用と将来の費用は同じ価値ではありません。いまの現金100万円が10年後も同じ価値ではないように、現在の費用が将来どのくらい目減りする可能性があるのかを評価するため、割引率を設定する必要があるのです。

 

 そのうえで、費用効用分析では図5のように評価します。ここで改めてQALYについて説明しますと、1 QALYとは「完全に健康な状態で1年生存した場合」の指標です。例えば、車椅子生活だと0.8 QALYであるとした場合、「車椅子生活で2年生存」だったら1.6 QALYと考えます。費用便益分析の評価法は図6の通りです。

 

 
図5  図6

 

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 と、いつも以上にややこしく長い原稿となったが、ここまでで“前段”である。実のところ結論だけいえば、「子宮頸がんワクチンは、とっても経済効率性がいいですよ!」となるが、「なぜ、効率性が良いのか?」を知るためには、どうしてもこの“前段”が必要となるのだ。 


 というわけで次回は、この“前段”を踏まえたうえで、子宮頸がんワクチンの経済効率性を検証した「子宮頸がんワクチンの医療経済的意義——日本の分析事例」(今野良、福田敬ほか。産婦人科治療2008 In pressより)について、詳しく紹介する。 (有)