北里大学医療衛生学部
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視覚機能療法学講師
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3D映画、3D対応TV、3D対応携帯ゲーム機と、ここにきて一気に花開いた感のある「3Dブーム」。このブームがお茶の間にまで根付くかどうか? そのカギを握るのが「3D映像って本当に身体に悪影響がないのか?」という「3D映像=健康不安説」だろう。かつて、『プレイステーション』、『セガサターン』が発売され、3Dポリゴンを活用したゲームが次々と上市された際、多くのユーザーから「3D酔い」の報告が寄せられたように、3D映像にも何からの健康不安を惹起する可能性があるのではないか?
そんな不安を抱きつつ聞きに言ったのが、日本眼科学会、日本眼科医会の合同記者会見「3D映像と上手につきあっていくには? 〜3D映像の楽しみ方と視機能への影響〜」だ。
◆「3D映像の現状と楽しみ方」
・北里大学医療衛生学部視覚機能療法学・半田知也講師
みなさんが日常的に右眼、左眼で捉えている映像は二次元のものです。ではなぜ、私たちは普段モノを見るときに3Dで見えているのかといえば、両眼で捉えた二次元視覚情報を脳内で三次元に変換して外界を知覚しているためです。
この、「二次元の映像を両眼で捉え、脳内で三次元に変換する」という特性を利用したのが3D映像です。
3D映像は、人間の眼と同じように2眼(2つのレンズ)の3D撮影用カメラで撮影されます。撮影された映像は、「2つのレンズから見た微妙に異なる二次元映像」ですが、これを映像編集ソフトで編集して、3D映像として出力します。
語弊を恐れずに言えば、「二次元の映像を脳内で三次元に変換する手間を、あらかじめコンピュータで片付けておく」のが3D映像といえるのだろう。身体機能を機械で拡張するという点では、ハサミ(手の代わり)や自動車(足の代わり)と何ら変わるものではない。
では、3D映像を見るとどうして立体感を感じるのかについて説明します。まず、前提としてあるのは、「人は視線の交差点を物体の位置として認識する」ということです。
このため、左眼映像を右に、右眼映像を左に映して、それぞれの眼で見たときにモニター(スクリーン)より<手前>に視線の交差点が来るように左右の映像をずらすことで、映像がモニターより<飛び出す>ように見えます。これを『交差性視差』といいます。
逆に、左眼映像を左に、右眼映像を右に映して、それぞれの眼で見たときにモニターより<奥>に視線の交差点が来るように左右の映像をずらすことで、映像がモニターより<引っ込んで>いるように見えます。これを『同側性視差』といいます。
例えばモニターから2m離れて映像を見たとき、普通の2D映像であれば、両眼の視線は「自分から2m離れたモニター上で交差」する。結果、映し出される人物や背景は「自分から2m離れたモニターに映っている」という風に認識する。これが『交差性視差』を利用した3D映像であれば、両眼の視線は「自分から1m〜1m50cm離れた空間上で交差」する。結果、映し出される人物や背景は「自分から2m離れたモニターより1〜50cm飛び出して映っている」ように認識するということだ。
本来であれば、現実空間で見ようとする対象物にピントが合うものですが、3D映像ではこれが意図的にズレることになります。結果、両眼視差に起因する調節や輻輳の位置ズレにより意図せざる疲労を感じてしまうのではないか? と懸念されています。
しかし、これまで数多くの試験を重ねてきた結果、3D映像の両眼視差を1度未満に抑えておけば全く問題ないことが明らかになっています。この『両眼視差許容範囲1度未満』という基準は、3Dコンソーシアムの3Dガイドラインにも記載されていて、すでに3D映像業界では“常識”となっているといっていいでしょう。
『両眼視差許容範囲1度未満』とはどういうことか? 3D映像は大きく「遠景」「被写体」「近景」の3つに分けられる。つまり、被写体を中心に遠くに見える『同側性視差』を利用した映像(奥行き)と、近くに見える『交差性視差』を利用した映像(飛び出し)があるということだ。そして、この奥行きと飛び出しの差(=『同側性視差』と『交差性視差』の差)を1度未満に抑えれば、違和感も感じず長時間視聴しても疲れないという。なお、この1度という基準は安全推奨範囲であり、現在、多くの3D映像はより安全な0.7度前後で作られているそうだ。
3D映像の快適な視聴に必要なポイントは7つあります。
まず、制作者側が気をつけるべき点としては、
●両眼視差0.7度未満
●左右眼画像差なし
●激しいカメラワーク、シーンチェンジなし
つぎに、私たち視聴者が気をつけるべき点として、
●適切な視聴距離をとる。ディスプレイの縦径の3倍の距離(50インチモニターの場合、2m)。
●自覚的に疲労を感じたら休憩する。
●自身の視力を眼鏡やコンタクトレンズなどで正しく矯正する。
●6歳未満の視覚発達期にある小児の視聴を控える。
なぜ、小児は3D映像の視聴を控えなければならないのか? 実は、視覚発達期に3D映像を見ると、悪影響が出てしまうという症例が少なからずあるためだ。こういった3D映像と健康の影響について講演したのは不二門尚教授だ。
◆「3D映像は小児に危険か? 背景因子と事前チェックの重要性」
・大阪大学大学院医学系研究科医学部医用工学・不二門尚教授
立体的に物を見る力は、生後両眼でモノをみているうちに発達します。この発達期、すなわち「立体視の感受性期」は、6歳くらいまで続きますが、3D映像の視聴が、正常な小児の立体視の発達を阻害するとは考えられていません。
ただし、25年前の3Dブームのとき、当時4歳11カ月の男児が、3D映画視聴後に急に内斜視になったケースがありました。この男児のケースでは、3カ月たっても斜視が戻らなかったため、斜視の手術を行い、立体視機能は正常に戻りました。この結果からわかることは、斜視になりやすい素因がある場合には、3D映像の視聴後にまれに斜視になる場合もあるということです。このような症例があることから、3D映像のガイドラインには「6歳以下の3D視聴には注意を要する」という文言が入っています。
早いハナシ、「飛び出す3D映像」(=『交差性視差』)を見る場合、モニターより近いところにピントを合わせるため、人の目は“寄り眼”になる。普通は1〜2時間ほど“寄り眼”を続けても時間が経てば元に戻るが、元々、斜視になりやすい素因などを持った『立体視の感受性期』にある小児の場合、これが元に戻らなくなる可能性もあるということ。また、両眼の視力が著しく違っていたり、左右の眼のバランスが悪い場合には、成人であっても3D映像が立体に見えなかったり、モノが2つに見える複視がでる可能性もあるという。
このように、3D映像の視聴にあたっては「両眼の視点の調節機能」が正しく機能しているか? がポイントになるようだ。
100年ほど前、白黒無声映画から始まり、カラーテレビ、ハイビジョン映像と進化してきた映像メディア。これからは3D映像が本格的に普及するというが、快適な視聴にあたっての制約が大きいことは、普及にあたっての大きなネックとなるのではないだろうか。とりわけカメラーワークやシーンチェンジに枷が嵌められている状況では、魅力的なコンテンツが生まれにくいといわざるを得ない。もちろん、3D映像そのものの魅力が、過去の膨大なコンテンツ——100年に渡る映画、TVなどの名作と、そこに連なる革新的な映像表現——の魅力を上回るのであれば話は別だが……。
ともあれ、3D映像の視聴については、「ほとんどの人にとって、疲労度やリスクなどは普通のテレビを見るのと全く変わらない」「3D映像の安全性についても十分に検証され、すでに評価の定まったガイドラインも存在する」「ただし、両眼の視力や斜視などの素因を持つ人、小児などは視聴に当たって十分に気をつける」ということが、医学的にハッキリしていることがわかったことは大きな収穫だった。(有)