日本の医療機器、とくに体内に埋め込み型の医療機器は世界的に見ても遅れているとしばしば言われている。実際、MRIやCTなど計測機器は、世界的な販売では弱くても、日本のメーカーもつくっているし、内視鏡は世界トップだ。だが、体内埋め込み型の医療機器では最近でこそ、人工心臓などもつくられるようになったが、欧米と比較して日本企業が開発するものはごく少ない。医師から「日本企業がつくったら、もっといいものができるはずなのに」という声が上がる。


 日本企業がつくらない原因として医師側から「マスコミの問題」が挙げられる。具体的に言えば、何らかの事故が起こったときに医療機器メーカーが土下座させられることを嫌い、医療機器をつくろうとしないことだ。そればかりか人工心臓開発のときにもあったが、原材料メーカーさえ、製造するものが体内に埋め込むものだと知ると、とたんに材料の販売も断る。確かに職人としては世界トップの腕を持ちながらも、医療機器に限っては遅れている最大の原因だろう。


 医師や医療関係者が日頃付き合っている新聞、テレビの人たちは科学部や生活部などに所属する記者である。が、医療事故が起こったときに追及し、記事を書くのは社会部記者である。この違いが大きい。医療事故が起こったとき、医療担当記者が「実際はちょっと違って……」と説明しようとしても、社会部記者から「人ひとりが死んでいるんだぞ!」と言われたら、もうおしまい。口をつぐんでしまう。そもそも新聞社では社長まで出世するのは政治部と経済部だ。科学部や家庭欄や教育欄の記者は定年後には現役時代に親しくなった関連業界に天下りするか、趣味を生かした仕事に就く人が多い。


 しかし、正義感あふれ、花形である社会部記者は新聞社のトップにはなれないし、天下りもよしとはしない。正義感あふれるだけに医療事故は許せないという気持ちで医療事故や不祥事を追及する立場で、それが社会の改善に役立つのだが、定年後はあまり恵まれているとは言えない。


 なかには、社会部のOBが不祥事のときの土下座の仕方をコンサルタントしている始末だ。結果、「マスコミのせいで優秀な日本企業が医療機器をつくろうとしない」という批判も、もっともだと頷ける。


 だが、もうひとつ、ベンチャー以外のメーカーが医療機器をつくろうとしない事情をある企業の技術者から聴いた。彼が言うのはこういう話である。測定器や分析機器はつくってみたいし、つくります。が、患者の体内に投げ込んだりする医療機器は、万が一の事故が起こったときのことを考えてトップも気乗りないところがある。


 が、それだけでなく、医療用語がわからないことにある、というのである。「自分の専門の電子工学はもちろん、専門ではない光学、あるいは機械工学などの専門用語なら多少はわかるが、医学用語はまったく知らない。ところが、医師の口からは次々に専門用語が飛び出し、それが脊髄の何番目のなんとかいう部分らしいのだが、技術者にはわからない。わからない顔をすると、『そんなことも知らんのか』と叱られる。技術者だから飲み込みは早いはずだが、医学用語を押し付けるだけでは医療機器をつくりたくなくなる」というのだ。


 確かに、日本でつくられている医療機器、医療用製品には医師が「こういうものが欲しい」と丁寧に説明してつくらせたり、医療機器メーカーで働いた経験がある人がつくったりしたものが多い。


 実は、「原子力村」という言葉があるが、原子力工学を学んだ技術者は優秀なだけに「原子力工学こそすべての工学の頂点だ」という思いがあり、電気工学や機械工学、建築工学などを低く見て、彼らを「電気屋」「設備屋」と見下すような意識がある。それと同じようなものらしい。


 日本人の手で優秀な医療機器を生み出すためには、医療側がクラフトマンである技術者にわかりやすい説明をすることも必要だ。(常)