東京慈恵会医科大学
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心疾患、脳血管疾患とともに日本の三大死因であり続けている「がん」。その種類は様々だが、「自覚症状がでたときには、もう手遅れ」であることは共通している。早期発見、早期治療が必要とされる疾患の代表格だが、なかでも大腸がんは症状がわかりにくく——血便、残便感、下痢や便秘などで、がんに特徴的な症状は起きない——、自覚症状が出た段階では手遅れとなってしまうケースも少なくない。がん全体の死亡率では、男性で4位、女性でトップという大腸がん。その早期発見、早期治療はどのようなプロセスで行われるのか? 東京慈恵会医科大学で行われた市民講座「大腸がんの発見、治療、そして予防に向けて〜〜忍び寄る大腸がん、早期発見は手軽な検査から」で登壇した、同大学内視鏡科の斎藤彰一医師(「苦痛のない大腸内視鏡検査〜無症状の時こそ検査受診を〜)、外科の衛藤謙医師(大腸がんの外科手術〜お腹を開けない腹腔鏡下手術とは〜)の講演を紹介する。
内視鏡の歴史は古いもので、その起源はギリシア、ローマ時代の膣鏡、肛門鏡まで遡ります。現在ではグラスファイバーを使った小さなカメラを挿入して、フルカラーのモニターを見ながら検査しています。これらの内視鏡システム(写真1、2)は一式で高級外車一台分くらいの価格です。
写真1 写真2
という話からスタートした斎藤彰一医師の講演。内視鏡検査というと、「あんな長い管を体内に入れるのであれば、痛くてたまらないのでは?」と思われる方も少ないだろう。実際、旧式の内視鏡を使った胃の検査(太さがホースくらいある胃カメラを使った検査)は、喉に麻酔をかけながら行うものの、その苦しさは筆舌に尽くしがたいものがある。まして、肛門から大腸に挿入するのであれば、一体、どれだけの苦痛があるのか……と心配する向きもあろう。
実のところ検査に痛みはありません。というのも大腸には神経が通っていないので痛覚もなく、麻酔をかけなくても痛みは感じないのです。ですから、内視鏡を入れたからといって痛くなることは一切ありません。また、女性の方には、「おしりからモノを入れるのは恥ずかしい」と思われる方も多いようです。でも、検査にあたっては内視鏡検査のための服(臀部に穴のあいた患者用の衣服)に着替えていただきますし、検査室には医師と看護師しかいません。さほど抵抗感を感じられることなく、検査を受けていただけるものと思います。
ただ、大腸の内視鏡検査にも“苦しいこと”が一つだけある。腸内を洗浄するための「洗浄剤(下剤)」を2リットルも飲まなければならないことだ。腸内に残留している排泄物をキレイに除かなければ、見落としのない検査をする——それこそ数センチのポリープを発見する——ためには、2リットルの下剤で腸内を完全にキレイにするしかないのだ。
検査にあたって抵抗感を感じられるのは洗浄剤の飲用でしょう。これは2リットルほどあるものですが、水でも1リットル以上を飲むのは苦しいものですから。あと、腸内を良く見るために空気を入れますが、これによりお腹が張りを感じられることもあるでしょう。ただ、総じて言えることは検査自体に痛みはないことと、腸内に内視鏡を入れて検査する時間も15〜20分程度で済むということです。
大腸がんを早期に発見するためには、内視鏡検査を受けるより他にない。MRIで見てもバリウム検査をしても、見つからないものは見つからないのだ。加えて、自覚症状が出たときには手遅れであり、良くて「開腹手術→人工肛門」。最悪の場合「各所に転移→完全に手遅れ」ということにもなりかねない。前処置も含めれば、ほぼ半日掛かる大腸の内視鏡検査を受診するのは、時間的、精神的な面で抵抗感も少なくない向きもあろう。ただ、検査を行う医師、実際に受けた人が共通して言うことは、「受けてみたら、それほどのものではない」ということだ。
こうして検査を受け、発見されたがんをどのように治療していくのか? 大腸がんの外科手術の現況について、衛藤謙医師は語る。
大腸がんの手術というと、一昔前であれば開腹手術が多いものでした。しかし、現在ではお腹を開かずに手術ができる「腹腔鏡手術」が主流となりつつあります。この腹腔鏡手術とは、お腹に小さな穴を開けて、そこに内視鏡を入れて、モニターで体内の状況を見ながら手術を行うというものです。腹腔鏡手術でメスを入れるのは、ボールペンの太さと同じくらいの穴数箇所だけですが、実際の手術では開腹手術と同じことをします。
実際の手術はどのように行われるのか? 講演では手術時の動画が上映された。ひもを使ってポリープをきつく縛って血流を遮断したうえで、金属製のスネアに電流を流して切断部のたんぱく質を凝固させながらポリープを切除する手技を紹介。スネア(写真3)により焼ききれた患部から煙が出る様子は、作り物の映像にはない迫真性があった。
写真3
開腹手術に比べて優れている点は、「痛みが少ない」「ダメージが少ない」「回復が早い」「傷が目立たない」といったところです。いずれも患者さんにとって大きなメリットといえます。平均入院日数も、開腹手術の19日間に比べて腹腔鏡手術では10日間で済んでいます。その一方で、「窮屈な手術になる」「手術の使用器具に制限がある」「コストがかさむ」といったデメリットもあります。実際、お腹を開けずに手術をするということは、洞窟でスポーツをやるようなもので、医師にとっては大きな負担になります。ただ、いずれのデメリットも医師にとってのものであって、総合的に見れば<患者にやさしい手術>といえるでしょう。
“洞窟でスポーツをやる”ような手術では、開腹手術に比べて治療効果の点で引けを取るのでは? と思ってしまうが、アメリカでの比較調査によれば治療効果の点でほぼ同等という。ただ、全ての医療機関で腹腔鏡手術ができる状況にないのが現状だ。まずは、内視鏡外科学会が認定する「技術認定医」の所属する医療機関を探すことから始める必要があるようだ。(有)