日本トラウマティックストレス学会
会長
前田 正治氏


 東日本大震災から8カ月余。被災地では、遅々とした歩みであるものの着実に復興しつつあるが、それでもなお解決すべき課題は多い。こうした課題のなかで、ともすれば見過ごされがちなことといえば、被災者の「心のケア」だろう。そこにフォーカスを当てたのが、『東日本大震災 こころのケア支援プロジェクト』である。同プロジェクトプレスセミナーで演台に立った日本トラウマティックストレス学会・前田正治会長の講演を紹介する。テーマは「東日本大震災とトラウマ反応」。

 

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 災害後の人の心理状態は、大雑把に言うと「一定期間、ハイになったあと、落ち込む」という流れを辿ります。災害で茫然自失となったあと、「まずはがんばろう!」と必死になるものの、しばらく時間が経つと落ち込んでしまうわけです。

 

 一方、世間の関心は「災害直後に最も高く、時間を追って低くなる」ものです。災害直後であれば、「大変だし助けないと」と支援するものの、3カ月、半年と経つにつれ支援の熱意は下がってきます。

 

 つまり、災害被災者が精神的支援を最も必要としているときに、世間の関心が薄くなっている——というミスマッチが起きるんですね。本当は、災害から半年、1年経って、どうしようもないくらいに落ち込み、復興どころではないというときに、世間の人は、「こんなときにがんばれないのは甘えているからだ!」となってしまう。このことは、災害被災者の心のケアを考える際に、最も気をつけておくべきことだと思います。

 

 未曾有の災害だっただけに、未だに東日本大震災を巡る諸々のニュースが報じられない日はない。しかし、震災直後に比べて世間の関心が薄くなっていることは確かなことといえよう。

 

 東日本大震災が従来の災害と違う点は、被害の大きさや範囲に止まりません。最も大きな違いは、「現状復帰が困難」であることでしょう。とりわけ福島第一原子力発電所近くの被ばく地帯では、放射線被ばくの恐れがあり、帰宅できる可能性が高いとはいえません。必要に応じて本格的に移住するケースも出てくるでしょう。その際、本来であれば心のケアに欠かせない地域コミュニティはなくなり、現実的な問題としても失業や経済的喪失といった問題も出てきます。

 

 地震や津波に遭遇で近親者を亡くす、天地を揺るがす揺れや瓦礫とともに為すすべもなく流される恐怖への対峙、あるいは復興の過程で多くの損壊した遺体に直面した経験——こうしたファクターが被災者の心に悪影響を及ぼし、結果、PTSDや悲嘆反応、うつ病といった精神医学上の問題が発生するという。

 

「うつ病、アルコール依存症などで自殺が増えるのではないか?」——被災地のドクターが最も気にしているのが、このことです。実際、警視庁の統計では、東日本大震災発生翌月の4月から3カ月連続で、自殺者が前年度を上回りました。災害直後の期間にしてこの結果ですから、一定の時間が経ち、被災者の心理状態が落ち込むであろう時期においては、より一層の注意が必要であるといえます。

 

 しかし、被災者の「心のケア」は簡単なことではありません。とりわけ甚大な被害を蒙った東北地方は、他の地方に比べて精神科の医院、ドクターの絶対数が少ないという事情があります。畢竟、専門医ではないドクターの協力をなくして、「心のケア」を万全なものにすることはできないといっていいでしょう。

 

 そこで私たちは、被災地におけるかかりつけ医や医療スタッフへの啓蒙を目指し、ファイザー社の支援を受けて「東日本大震災 こころのケア支援プロジェクト」を展開することを決めました。活動内容は、ドクターや医療スタッフへの講演活動が中心で、現在までに岩手県、宮城県、福島県の沿岸部(6〜9カ所)で実施します。

 

 講演のテーマは、現地からの要望が高いものを優先しています。現時点では、「震災の精神的影響に関する一般的知識」「高血圧症などの身体疾患と震災ストレス」「睡眠と震災ストレス」「うつ病と自殺予防」「死別と悲嘆反応」などのニーズが高くなっています。

 

 私たちは、この7月より向こう3年間、このプロジェクトを通して一人でも多くの被災者のケアと治療に尽力したいと考えております。

 

 日本トラウマティックストレス学会とファイザーが共催し、日本医師会と国立精神・神経医療研究センターが後援する『東日本大震災 こころのケア支援プロジェクト』。ファイザーは、同プロジェクトへの共催に加え、被災地への医薬品の無償提供、義援金(米国本社=300万ドル、社員=1億円)、災害支援ボランティア特別休暇制度を導入するなど、被災地支援に向けて迅速な対応をとっている。社会的意義の大きなプロジェクトだけに、今後の行方が注目されるところだ。(有)