東京都老人総合研究所
新開省二研究部長

東京都老人医療センター
荒木厚氏


 メタボリックシンドロームの危険性や肥満児童の増加が喧伝される昨今。食べすぎや肥満だけでなく、本来ポジティブなイメージであったはずの「高カロリー、高栄養」というキーワードすら悪玉になりつつある。そんななか開催された「第99回老年学公開講座・高齢者の食を考える」(主催:東京都老人総合研究所)では、こうした昨今の"常識"を覆す内容の講演が行われていた。


  テーマは「食がつくる健康長寿」(東京都老人総合研究所・社会参加とヘルスプロモーション研究チーム・新開省二研究部長)。


 健康長寿な高齢者の方にはどのような秘密があるのか? これを解明するため東京都老人総合研究所では、90年代初頭に「中年からの老化予防総合的長期追跡研究(TMIG-LISA)」というプロジェクトを立ち上げました。この追跡調査の結果で明らかになったことは、健康長寿な高齢者には、

 

①血液中のアルブミンとコレステロール値が高く栄養状態が良い

②体力がある(歩行速度が速い。握力が強いなど)

③何らかの仕事及び社会活動を続けている——という3つの特徴があるということです。

 

 血液中のアルブミン、コレステロール値が高く、栄養状態を良い状態とは、どのような状態なのか? 栄養状態の指標として用いたのは、BMI(体格指数)、血清アルブミン、総コレステロール、ヘモグロビンの4つ。それぞれの指標について、追跡調査の始まる初年度に65歳以上となる1100人の高齢者に検査を実施したのですが、いずれも数値の低い(BMIでは細い)群よりも、数値の高い(BMIでは太い)群の方が、生存率が高くなっていることが明らかになりました。


 メタボリックシンドロームを巡る報道について、一面的な理解しかしていなければ、「高齢になれば基礎代謝は低くなる→若い頃と同じように食べていてはメタボになる→健康に悪い!」という結論が導かれることだろう。新開氏の講演は、こうした見方がいかに浅薄であるかを裏付けるものだった。

 

 では、高齢者の栄養状態と医療との関連はどのようになっているのか? この疑問に答えるのが次に紹介する講演だ。テーマは「食がささえる高齢者医療」(東京都老人医療センター・内分泌科部長・荒木厚氏)。

 

 高齢者の栄養不足は、大きく分けて5つの原因があります。

 

A. 病気で食欲が低下して栄養不足となるケース。
B. 服用している医薬品の副作用で食事がとれなくなるケース。
C. うつ病などによる精神疾患で食事がとれなくなるケース。
D .社会環境の悪化で栄養不足となるケース。
E. 加齢による食欲低下というケース。

 

 このうちA〜Cは、文字通り疾病や副作用の影響がダイレクトに食欲低下に繋がるものです。Dについては、例えば貧困や独居などの社会環境の悪化によって食べ物が購入できない、満足に調理できないことにより引き起こされるものです。そしてEですが、これは加齢による味覚や嗅覚の低下や、消化管の満腹ホルモン(コレシストキニン)の増加や脳内伝達物質(ニューロペプチドY)の異常によって満腹感が持続。これが食欲低下を引き起こすと考えられています。


 総じていえば、「高齢者は食欲低下する要因が多く、結果、低栄養状態になりやすい」と言えそうだ。では、高齢者が低栄養状態になると、一体どのような悪影響があるのだろうか?

 

 一番大きなものとしては、たんぱく・エネルギー低栄養となると死亡リスクが高くなることがあります。入院時に低栄養状態にあると同じ病気でも死亡しやすく、外来患者でも摂取エネルギーが1100キロカロリー以下だと死亡リスクが高くなっています。また、入院中に低栄養があると合併症を引き起こすリスクも高くなります。低栄養状態の患者とそうでない患者との比較では、合併症発症のリスクは約3〜7倍となっています。当然、入院期間も伸び、治療費も増えますし、退院前に低栄養状態にあれば再入院となるリスクも高くなるのですね。

 

 つまり、高齢者の健康は、栄養状態の良し悪しに掛かっているといっても言い過ぎではないという。これほどまでに"怖い"高齢者の低栄養だが、その実態を知ることは難しいように思える。日々の食生活について見ても、その内容を毎日記録しているのは糖尿病患者か熱心なダイエットを行っている人くらいだろう。多くの場合、「最近、おばあちゃんの食が細いねぇ」くらいの印象しかもてず、その栄養状態の良し悪しがどの程度のレベルにあるのかまでは把握し難いものだ。この疑問について荒木氏はこう答えている。

 

 低栄養を知るための手がかりには、体重があります。そのためには、「毎日決まった時間に同じ体重計で体重を量る」必要があります。こうして継続的に体重の推移を見ていくなかで、「現在の体重が半年前の体重に比べて5%以上減っている」ような場合——ダイエットなどによる<意図的>な体重減ではない、<非意図的>な体重減である場合——には、低栄養のリスクがあると考えられます。2週間で体重減がある場合には、より注意が必要といっていいでしょう。

 

 さて、このような体重減をきたしている場合には、サルコペニア(筋肉減少症)を伴っているケースが多いとされています。サルコペニア自体は健康な人にも起こるもので、例えば20歳の人が80歳になると、骨格筋量は20〜30%も減少します。また、ダイエットした場合には脂肪とともに筋肉も落ちますが、高齢者が同じように体重を減らした場合では、若い人と比べて脂肪以上に筋肉が落ちてしまうんですね。結果、身体活動量の低下や生活活動労作能力が低下することで寝たきりになってしまい、寝たきりになったことでサルコペニアがさらに悪化して……という悪循環に陥ってしまいます。ただ、サルコペニアは適切な栄養治療や運動を行うことで回復する可能性があります。

 

 死亡リスクが高まり、合併症を引き起こす可能性が増え、サルコペニアの悪循環に陥る可能性が出てくる——これほどに高齢者にとっての低栄養は恐ろしいということだ。適切な食事(必要に応じてしっかり食べること)がダイレクトに健康長寿へと繋がっているという今回の講演は、「食べすぎは良くない」「コレステロールは悪い」というステレオタイプな見方をしていた方にとって、インパクトの大きなものだったのではないだろうか?

 

 ただ、「低栄養が悪い」ことは総じて間違いないといって良いものの、このことが全ての高齢者に当てはまるわけではない。例えば高脂血症や糖尿病を患っている高齢者に、「低栄養が怖いからもっと食べるように!」と食事指導を行えば、最悪、命に関わってくることだろう。

 

 当たり前のことですが、食事や栄養の問題は個人差が大きいものです。無制限な栄養補充が糖尿病、高脂血症などの悪化に繋がってしまう可能性もあります。また、たくさん食べて肥満してしまった結果、膝関節痛や腰痛が起こり、身体活動の低下に繋がることもあるでしょう。つまり、ある人に当てはまる栄養の治療が、全ての人に有効であるとはいえないのです。例えば、慢性腎臓病の人が「低栄養の予防のため」といって高たんぱくの食事をすると、腎不全が悪化してしまい透析が必要になる——ということもあるのです。

 

 使い古された言い回しかも知れないが"たかが食事、されど食事"ということか。講演の最後では、健康食品やサプリメントについて、「多くは営利目的であり、モノによっては健康を害することもある」と語っていた荒木氏。何事も安易に自己判断せず、医師や栄養士に訊いてみることが肝要といえそうだ。