関東各地で6月としての観測史上最高気温を記録した酷暑の日。筆者と記者は、北の丸公園にある科学技術館を訪ねた。4月上旬に行われる予定だったものの、震災の影響で延期されていた日本医学会総会展覧会「わかろう医学、つくろう健康 EXPO2011」を取材するためだ。


 これまで取材してきた『展示会』では、来場者のほとんどがスーツ姿のサラリーマンだったが、今回取材した『展覧会』には1/3くらいしかいない。残り1/3が高齢者と私服の市民、1/3が修学旅行か実地見学の小中学生といった層で占められている。小学生向けの展示も多々あり、有明や幕張で行われる催しとは一線を画したものであることが肌で感じられた。



「九段下からここまで歩いてきたけど、朝から暑いね。早くプレスルームで休みたいね」と筆者。


「いま会場の地図を見てますけど、プレスルームなんてないですよ」と記者。


 当たり前のことだが、『展覧会』であって『展示会』ではないので、プレスルームなどあるはずもないのだ。どこぞの大臣や政務官みたく「オレを誰だと思ってるんだ!」とは言わないし思いもしないけど、日ごろ、『展示会』で王侯貴族みたいな気分で取材していた驕りを自戒する。


 会場の科学技術館自体、そこまで大きなハコではないので、じっくりと見回っても1時間もあれば全ての展示を見ることができる。体験コーナーもふんだんにあり、誰でも楽しく見られる展示の多いことには感心したものの、「医薬品業界紙が求める興味やニュース性」という観点から見れば、正直、どうということのない展示が多かったことも事実だ。


 そんな数ある展示のなかで、最も大きなコーナーを取り、かつ明らかに力の入り方が違うものが一つだけあった。がんの免疫細胞治療を紹介するコーナーだ。


 実際に使われている細胞加工施設で、がん免疫細胞治療のプロセスをそのまま体験させる——というコンセプトのもとに作られた大掛かりなセットには、顕微鏡や遠心分離機を初めとする実際の機器はもちろんのこと、入り口には簡便なものとはいえ、きれいな部屋と汚い部屋の空気が混ざらないようにする部屋(エアロック)があり、体験者には防塵スーツを来てもらう(プレスも靴にビニールカバーを着用する)という徹底したもの。展覧会のなかでは、高齢者がつめかけた「健診体験コーナー」と人気を二分する盛況振りだった。


 

 

 

 


 がんの免疫細胞治療とはどのようなものなのか?


 端的に言えば、「がん細胞を攻撃する免疫細胞を患者から体外に取り出し、施設で培養し、再び患者に戻す治療法」となる。体外で活性化させたTリンパ球などを再び体内に戻して、患者自身の力でがんを攻撃しようという発想から生まれた治療法で、外科治療や放射線治療のような「局所治療」ではなく、抗がん剤と同じ「全身治療」であることも大きな特徴といえる。


 体験実験では、防塵スーツを着込み、エアロックを通り抜けて模擬施設に入った体験者が——


・実験用の食用レバーを潰して液を抽出

・レバー抽出液を遠心分離機で分離

・専用機器を使って抽出液をマーキング

・蛍光顕微鏡を使って観察


——という、施設内で実際に行われる免疫細胞培養のプロセスを追体験していた。


図:体験実験の流れ


 がんに対して効果のある免疫は、人それぞれ。すなわち、「胃がんを患っている山田一郎さんの細胞から培養した免疫は、山田一郎さんにだけ効果のあるもので、同じ胃がんの木下二郎さんには効かない」ということだ。


 それだけに「効果のある免疫を大量に生産」するような方法ではなく、患者個々人の免疫細胞を体外に取り出して「オーダーメイドで培養する」必要があるという。加えて、培養した免疫細胞を再び体内に戻すことから、その培養にあたってはナノレベルの塵が混入することも許されないとのこと。結果、施設内は、世界で最も清浄性が求められる半導体生産施設に近いクリーンさが保たれているそうだ。


 自分の免疫細胞を使うために、抗がん剤のような時に致命的となり得る副作用がなく、外科手術で取り除けず、MRIでは身体のどこにあるかがわからない微小ながん細胞に対する効果が期待され、かつ、理論上は、白血病などを除くほぼ全ての種類のがんに効果がある——。メリットを見れば“夢のがん治療法”に見える、がん免疫細胞治療。


・いま、国内でどのくらい治療施設があるのか?

・従来の治療法に比べてどのくらいの効果があるのか?

・一体どこまで研究が進んでいるのか?


 展示内容が一般来場者向けの『展覧会』仕様であったために、こういった専門的な内容まではわからなかったものの、場を仕切りなおして改めて取材したくなるような意義深い展示だった。(有) 


*『今回の体験実験は体験用に簡略化したものですので、実際とは異なります』