順天堂大学
脳神経内科教授
服部 信孝氏
2010年時点で患者数200万人余を数える認知症高齢者。2025年には300万人以上になると予測されているが、その約半数はアルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)だ。ごく最近まで、有効な治療法は存在しなかったアルツハイマー病治療の最前線の状況を知るべく、「新薬導入で見えてきたアルツハイマー型認知症治療の新潮流」より、「新薬3剤の登場によるアルツハイマー治療の新戦略」(順天堂大学脳神経内科・服部信孝教授)を聴いた。
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アルツハイマー病の何が怖いのかといえば、記憶できなくなることです。何かを記憶するとき、人は覚えて(記銘)から忘れないように(保持)します。この「覚える=記銘」のプロセスに障害が出てしまい、モノを覚えられなくなるんですね。ですから、アルツハイマー病の患者には、昔のことは覚えていても、1時間前に昼食をとったことを覚えてない——というような症状が頻出します。
ではなぜ、このような症状が出てくるのか? ご承知の通り具体的なプロセスは、未だにわかっていません。しかし、現在までの研究で、「老人斑が悪さをしていること」は確かであるということは明らかになっています。このため、アルツハイマー病治療の焦点は、「老人斑をいかにして消していくか?」に絞られつつあります。
さて、アルツハイマー病の経過は、正常な場合、ゆるやかに認知機能が衰えていくのに対して、アルツハイマー病では加齢にしたがって加速度的に認知機能の衰えが進むということです。この加速を抑え、認知機能の衰えのスピードを減速するためには、なによりも早期治療が有効です。
アルツハイマー病は、長いあいだ有効な治療薬がなかったが1996年(日本では1999年)に画期的な治療薬ドネペジルが上市された。以降、海外では97年にリバスチグミン、00年にガランタミン、02年にメマンチンと相次いで新薬が上市されたが、日本ではこの3月にガランタミンが上市(現在までにメマンチン、リバスチグミンも上市)されるまで、ドネペジルしか治療薬がなかった。これらの治療薬を状況に合わせていち早く使うことで、認知機能の衰えを防ぐ——というのが、現時点ではアルツハイマー病に対して最も有効な治療法なのだという。
ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンの3剤は、その作用機序からコリンエステラーゼ阻害剤と呼ばれています。これら治療薬の効果は、端的に言うと「神経のあいだのアセチルコリンを増やすこと」にあります。アルツハイマー病ではアセチルコリンが不足し、神経間の伝達に支障が出てくることから、これに対処するための方法といっていいでしょう。治療薬は、アセチルコリンの分解酵素であるコリンエステラーゼの活性を阻害することで、神経のあいだのアセチルコリンを増やし、その役割を果たしています。
ここで注目されるのはガランタミンの作用機序で、アセチルコリンエステラーゼの活性阻害だけでなく、ニコチン性アセチルコリン受容体にも作用しています。つまり、コリンエステラーゼの活性を阻害することで、神経のあいだのアセチルコリンを増やすだけでなく、その受容体に作用することにより感受性を高め、アセチルコリン以外の神経伝達物質の放出も促進するところに大きな特徴があります。このことからも、ガランタミンが軽度から中等度の患者において、ファーストラインとして使用できる薬剤といえるでしょう。
3つのコリンエステラーゼ阻害剤のなかで、特異な作用機序を持つガランタミンは、他の2剤に比べてどれほど効果の違いがあるのか? 脳脊髄液のバイオマーカーへの影響を見ると、ガランタミンが有意に増えていることがわかる。
脳脊髄液が増えると、これに比例して老人斑形成に決定的な影響を及ぼすとされる「アルツハイマー病アミロイドβペプチド(Aβ)」が減少することが確認されていることから、ガランタミンは、他の2剤に比べて「老人斑形成をより抑制する効果があり、長期的に認知機能を維持できる可能性が高い」という。
2011年でようやく海外並みに4剤を使い分けられるようになったアルツハイマー病治療の最前線。早期診断、早期治療の普及によって、この身近な疾患の克服に一歩でも近付くことができるのか?
これからの市場動向とともにエビデンスの結果にも注目していく必要がありそうだ。(有)