東京大学医学部附属病院
感染症内科教授
小池 和彦氏


 生命科学フォーラムで、東京大学の大学院教授である小池和彦先生が「多面性疾患としてのウイルス肝炎——その解明と治療戦略」と題して演述した。小池先生の専門は、医学系研究科内科学専攻生体防御感染症学である。また同医学部附属病院感染症内科の教授でもある。


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 肝炎ウイルスのB、D、Cは血液感染である。C型肝炎ウイルス(HCV)は、この中で最後に発見された(1989年)。一本鎖RNAウイルスで、B型より量が少ない。しかし急性感染後に慢性感染(キャリアと呼ぶ)を起こしやすい。感染経路は、以前は輸血、血液凝固剤の投与、フィブリノーゲン製剤の投与があったが、現在の日本ではあり得ない。注射針、注射器の共用(薬物常習者の使いまわし)。入れ墨、ピアスの穴あけ、脱毛処理。針刺し事故。性行為。母子感染。

 

 C型肝炎は戦前から日本に存在していた。150万から200万人のキャリアが存在している。戦後の「ヒロポン」によって第一次の拡大があり、「売血製剤」で第二次の拡大があり、献血制度になってからも、C型肝炎が発見されるまでに第三次の拡大がみられた。

 

 C型肝炎に罹患してからの自然経過をみると、まず1〜6ヶ月間で急性肝炎となる。うち20〜30%は治癒し、70〜80%が感染を持続する。劇症肝炎になる例は、ごくごく稀である。慢性肝炎へ進むのは50%。ここから肝硬変になるのは15〜30%。さらに5〜7%が1年以内に肝がんとなる。

 

 C型肝炎というのは、実に多面性を持った疾患で、次のような状況である。

 

・肝炎、肝硬変、肝細胞癌


・本態性混合性クリオグロブリン血症(冷えると血液が固まる)


・膜性増殖性糸球体腎炎


・シェ—グレン症候群


・扁平台癬(目や口が乾燥する)


・B細胞リンパ腫


・脂質代謝異常


・糖代謝異常

 

 シェーグレン症候群とは、自己免疫疾患の一種であり、涙腺の涙分泌を障害、唾液腺の唾液分泌などを障害する症候群の総称である。40〜60歳の中年女性に好発し、男女比はおよそ1対14.シェーグレンはスウェーデンの眼科医の名前である。

 

 NASH(ノン・アルコリック・ステート・ヘパタイタス)は、アルコールを飲んでいないのに、肝組織所見でアルコール性肝障害と同様の像を示す病気である。進行性の慢性肝疾患と考えられており、米国では肥満者の18・5%、非肥満者でも約3%がNASHに罹患しているという。日本の割合は不明である。10年間で約20%が肝硬変へ進行するといわれ、C型肝炎に似ている。

 

 C型慢性肝炎の治療は、インターフェロン療法、新規抗ウイルス薬、肝庇護療法、瀉血療法がある。

 

 インターフェロン療法は


①インターフェロン単独


②リバビリン併用インターフェロン


③ペグ・インターフェロン


④リバビリン併用ペグ・インターフェロン

 

 がある。

 

 脂質代謝や糖代謝に異常があると、肝線維化の悪化因子となる。高タンパク・高カロリーといってきたのは誤りで、カロリー制限、体重維持(減量)を指導しなければならない。

肝発癌にC型肝炎がどのようにかかわっているのか。間接的を考えると、免疫反応による炎症→肝細胞死と再生の繰り返し→細胞遺伝子変異の蓄積?となる。直接的を考えると、C型肝炎そのもの、あるいはC型肝炎タンパクが発癌活性をもつ?となる。

 

 肝硬変になると、きわめて高頻度の肝癌の発生をみる。転移後ではなく独立してできるものである。これはあたかも遺伝性癌のようである。しかし炎症だけで、このように特殊なC型肝炎感染症における肝発癌が説明できるであろうか。


 C型肝炎のコア蛋白は生体内で肝発癌活性を持つ。しかしコア遺伝子はクラシカル・オンコジェンではない。なぜなら肝癌ができるまでに長い期間(16ヶ月以上)を要するからである。C型肝炎はミトコンドリアの電子伝達系(エネルギーをつくっている)を障害し、ATP産生を阻害する。NASH患者の肝では、ミトコンドリアDNAが減少し、ミトコンドリアDNAにコードされたタンパク発現の減少が報告されている。

 

 C型肝炎からの発癌までは、実に多くの段階を経なければならない。細胞内環境の撹乱から活性化、不活性化の段階があり、炎症が加わってそれをのぼっていくわけだが、癌抑制遺伝子の働きも加わるので、長い期間を要することになる。(寿)