1月某日。極寒の北千住駅前にやってきたのは、昨年の年俸更改で史上最大のダウン額を受け入れた小笠原道大選手と同世代の筆者さんと、21世紀最大のトレードで野手2人とともに日本ハムへ移籍した木佐貫洋選手と同世代の記者。ともに新御茶ノ水から地下鉄千代田線に揺られて、この地に降り立った。

 なぜ二人揃って北千住駅前にやってきたのか? 話は2週間前に遡る。

 年明け早々、記者は明治大学に取材を申し込んだ。テーマは「グローバル・マーケティング論Bの公開授業」。第一三共を対象に、学生たちがBOPビジネス(Business Strategy at the Base of the Pyramid。世界で最も所得の低い階層を対象したビジネス)のモデルを構築する——という実験授業を見学するためだ。

 この提案には筆者さんも「いつもとは違う記事が書けそうだね」とノリノリで快諾。当日、みぞれ混じりの雨にも関わらず、筆者さんと記者は、ともに期待に胸を躍らせながら授業を見学したのが……。

筆者——正直、期待はずれだったね。

記者——正直、期待はずれでしたよ。

筆者——で、コレ、書くの?

記者——ええ、もちろん。

筆者——でも、正直な感想を書いたら、とても媒体には載せられないよ。“褒め殺し”でもいいわけ?

記者——それはちょっとイヤ。

 退出後、新御茶ノ水駅に向かう坂の途上で非生産的な会話を交わした結果、「モノになりそうにないから、ちょっと北千住で打ち合わせをしよう」ということに相成り、期せずして二度目の北千住対談を行うこととなった。向かった先は、某ファミリーレストラン。いつもカバンに忍ばせている小型ICレコーダーのスイッチを入れ、オレンジジュースを啜っている最中、筆者さんが今回の取材の感想について、おもむろに語り出した。

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筆者——まず確認しておきたいんだけど、このコーナーのコンセプトってのは、「医療・医薬業界のことを良く知らない人に向けて、医療・医薬関係のネタをわかりやすく紹介する」って心得ているつもりなんだけど、これで間違いない?

記者——だいたい合ってると思います。

筆者——もちろん、このコンセプトにガッチガチに縛られる必要はないと思うし、実際、二人の興味の趣くままに取材して、記事にしたケースも多々あるし、それはそれで上手く行ってたと思うのよ。でも今回のケースは、コンセプト通りに記事にしたら、実にどうもつまらないハナシになりそうだし、二人の感想をストレートに記事にしたら、コンセプトから逸脱するうえ、とても公の媒体には載せられないものになっちゃうでしょ? だからねぇ、今回の取材については記事にするのを見送るのが妥当なんじゃないかね。

記者——う〜ん、そう言われると、確かにいつものような形で記事にするのは難しいかも知れませんね。

筆者——でしょ? 傷が浅いうちに手を引く、損切りは早く、勝ち逃げ上等なんだから、さっさと次のテーマを決めて、仕切り直ししようよ。

記者——そうはいってもですねぇ、個人的には何というかこう、「この有様を書かなくて良いのか?」という妙な使命感に駆られるというか……やっぱり、いろいろな意味であれだけ“どえらい”モノを見せられてしまったら、どういうカタチにせよ取り上げなきゃいけないと思うんですよ。

筆者——だったら、とりあえず今回の授業の内容について改めて整理してみようか。

記者——今回取材した明治大学の公開授業は、大石芳裕・明治大学経営学部グローバル・マーケティング論教授による「グローバル・マーケティング論B」の授業発表です。授業の概要は、BOPビジネスを学んだ学生が、実際の企業を対象にビジネスモデルを構築して、その成果を教授や企業幹部に見てもらうというもの。

 今回取材した2012年度最後の授業では、第一三共とN-WAVE(医療情報システム、ICカードシステムを得意とするIT企業)の2社が、BOPビジネスを展開するというテーマに沿って、第一三共が3チーム、N-WAVEが3チームの6チームが、それぞれ知恵を絞ってビジネスモデルを構築。1チーム10分でプレゼンテーションを行いました。

筆者——手元のメモから、第一三共のBOPビジネスモデルについて発表した3チームのプレゼンタイトルとミッションをおさらいしてみるか。

●チームA:Household Medicine for“BOP”
・ミッション:インド国内で移動診療車を活用し、配置薬を農村の各家庭に設置。物理的アクセスが制限されている人へ向けて最低限の医療を保証する。(これにより)農村部に医薬品使用の習慣を根付かせる。

●チームB:Daily Medical Taxi
・ミッション:誰でもいつでも医療サービスを受けられる社会づくり。

●チームC:メディクールビューイング
・ミッション:スポーツ観戦を通じ、検診や薬に対する知識・理解を深め、身近に感じてもらう。(これにより)薬を日常的に服用する文化を形成する。

記者——それぞれのビジネス概要についてひと言で言うと

◆チームAは「インドの農村部で“富山の置き薬”ビジネスを展開する」
◆チームBは「インドの農村部で医療機関送迎の無料タクシーを展開する」
◆チームCは「インドの農村部の学校で、医薬品広告付きのスポーツのパブリックビューイングを展開する」

 といったところでしょうか。それぞれのプレゼンシートは、テンプレートの使用が義務付けられていたようで

①ミッション
②ビジョン
③背景
④事業概要
⑤ステークホルダー
⑥ビジネスモデル
⑦マーケティング上の課題
⑧マーケティング上の工夫
⑨展開地域
⑩ターゲット層の実態(階層)
⑪ターゲット層の実態(個人)
⑫サクセスストーリー
⑬財務目標
⑭事業の拡大可能性
⑮事業の斬新性
⑯類似事例との差異化
⑰企業へのアピール

 という17ページのスライドにまとめられていました。

筆者——授業自体は素晴らしいものだよね。実在の企業のビジネスモデルを作らせて、その企業の幹部に採点してもらうんだから。実践的といえばこれ以上に実践的な教育なんてないもの。BOPビジネスの理念とか実状については、勉強不足だから何ともいえないけど、一つだけハッキリいえることは、「ここで学んだことは、実社会で必ず役に立つ」ってこと。様々な資料を読んで調べること、チームをまとめあげてプロジェクトを成功に導くこと、大勢の前でプレゼンを行うこと、全部が全部、実社会で必要とされることだから。ある意味、経理を目指す人が日商簿記を学ぶのと同じくらい、確実にタメになる授業であることは間違いないだろうね。

記者——講評のためだけに第一三共、N-WAVEから文字通りの幹部社員が来てましたからね。しかも、全部のプレゼンをしっかり見て、実に温かくかつ的確な評価をしていましたし。彼らに成果を見てもらえるという良い意味でのプレッシャーは、ビジネスモデル構築という授業への大きなモチベーションにもなったはずです。でも、実際に見た3チームのプレゼン内容はというと……。

筆者——「この有様を書かなくて良いのか?」といいたくなるくらい印象的だったと。

記者——もちろん悪い意味で、です。

筆者——うん、確かに絶賛できるようなものじゃなかった。でも、二人ともあまたの記者会見で本物のビジネスモデルのプレゼンを数えきれないほど見てきているわけでしょ? つまるところ、それだけ目が肥えているとも言えるわけだから、そういった視点から見れば、学生のプレゼンにケチをつけたくなるのはしょうがないんじゃない?

記者——いやぁ、プロと素人の差とかいうハナシではなくて、もっと根本的なところで疑問を感じました。低評価チームのプレゼンについて見れば、正直、小学校の自由研究と大差ないように感じましたし。

筆者——せっかく穏当にフォローしようと思ったのに。でもまぁ、同感ではあるよ。実際、俺が小学校4年生の夏休みに取り組んだ自由研究『ゼロ戦』といい勝負……というか、日教組教師の担任から皮肉っぽく浴びせられた、「筆者君、じゃぁ、ゼロ戦の下についている丸っこいモノは何のためについてるんだね?」というツッコミに対して、「それは“ぞうそう”というねんりょうタンクのことで、これをつけることでもっと遠くに飛ぶことができます。この“ぞうそう”で“こうぞくきょり”を伸ばすことで、こくふ軍やアメリカ軍を遠くから攻めることができ、戦争をゆうりにすすめられました」と、完璧な返しをした経験からいえば、記者君の気持ちもわからなくはない。実際、ごくごく基本的な質問に対して回答に窮していた場面も見られたしね。

記者——個々の問題についてツッコミだすとキリがないので、敢えて一つだけ挙げます。チームBのプレゼンで、無料タクシーの運用費について、「タクシー送迎した患者の医療費、医薬品費の2割」で賄うってことでしたけど、これ、絶対にアシが出ますよね。日本のように交通インフラが整備されていて、物価に比べて相対的にタクシー運賃の安い国でさえ、絶対に成立し得ないビジネスモデルですよ。まして、交通インフラが貧弱でタクシーもあまり走ってなくて、医療費、医薬品費が安価なインドでは……ほとんどおとぎ話じゃないですか!

筆者——俺もスライドを見た瞬間に、「なるほど、中央もしくは地方政府を丸め込んで補助金を出させるんだな」って思った。最後までそういうハナシが出てこないから、「どうやって採算を合わせるんだろう?」と考えていたら、財務目標が「売上=医療費の2割」「ランニングコスト=人件費・燃料費」「初期投資=自動車代」の3行だけで、ひっくり返りそうになったもの。

記者——まぁ、ここで挙げたのは特にお粗末なケースですけど、他のプレゼンだって決して褒められたものじゃないですよ。

筆者——個人的には、第一三共のじゃなくてN-WAVEの最後のプレゼンが興味深かったね。内容はお粗末だったけど、「力車による渋滞解消を目指して、レンタル自転車を普及させる」なんてぶっ飛んだ発想は、俺のアタマの中をどう突っつき回しても出てこないからね。確かに突っ込みどころ満載だし、ビジネスとして成立させるのは難しいけど、常識に縛られた大人にはない柔軟なアイディアを垣間見れたという一点で気に入っているのだけどね。

記者——でも、そのプレゼンだって、聞いた人の10人中10人が必ず疑問に思うであろう「盗難対策」について、何一つ説得力のある代案を出せなかったどころか、代案を出す努力すら放棄していたじゃないですか。百歩譲って突然の質問に窮したというのであれば、緊張していてアドリブが効かなかったと弁護できるかも知れませんが、実際にはプレゼンの何カ月か前に、同じ疑問を教授に指摘されていたにも関わらず、代案一つ考えていなかったんですよ。


筆者——そこなんだよ。全体通して「おざなり」なんだな。うん、いまハナシをしていてようやく腑に落ちた。別にプレゼンの中身がプロレベルに達していないことはいいんだよ。素人のやることだから、そこに期待してもしょうがない。でも、現時点での実力を100%発揮しないで、ちょちょっと調べてパパっとまとめただけじゃないのか? ってことが、10分足らずのプレゼンで透けて見えるような「おざなり」な取り組み方に納得できなかったんだよ。

記者——具体的には、どいったところが「おざなり」に感じたんですか?

筆者——細かい点を挙げていったらキリがないから、具体的かつ一番気になった点だけを指摘するけど、6チームが使ったデータの典拠がね、揃いも揃って同じ著書(『欧米企業のBOPビジネスモデル』、大木博巳著、ジェトロ刊)なんだよ。6チームのスライドを見て、全ての典拠が同じだったことに気づいたときには、「あぁ〜、これはみんな真面目に調べてないんだなぁ」って思った。

記者——でも、それだけのことで決めつけるのは浅薄じゃないですか? 敢えて弁護しますけど、各チームとも当該国の個人にインタビューしてますし、実際にはいろいろな資料にあたっていたのかも知れませんよ。

筆者——仮にいずれかのチームが、海外の文献やサイトを含めて百数十件くらいの資料に当たっていたのであれば、全チームの典拠が同じ本になるなんてことはあり得ない。それにだね、他の立派な資料にあたっていたのなら、これを典拠として掲げれば、プレゼンでの良いアピールにもなるでしょ? そこで謙遜する必要は何一つないわけだから。ということは、どこのチームも真面目に調べていない可能性が高いと思うんだけどね。

 資料を調べてデータを精査するなんて、時間をかければ誰でもできることでしょ。お金なんて一切掛からない。大学の図書館で足りなければ都立図書館か国会図書館にいけばいいんだし、海外の資料であれば、ネットで見られるものだって数多くあるんだから。それをやっていない、少なくとも「やっていないんじゃないか?」と疑われるようなプレゼン資料を提示した時点で、「おざなり」だなぁという感想を抱かれてもしょうがないってことだよ。

記者——なるほど。ビジネスモデルの出来の良し悪しは別として、取り組む姿勢が問題だったと。そう言われれば、企業のお偉方を招いての発表という中で、決まったテンプレートの中で整合性をとろうと糊塗した感は否めないですね。

筆者——俺の感想をまとめると、企画や枠組み、連れてきたゲストの面々を考えると、大学の授業としてはこれ以上望むべくもないほどクオリティの高いものだけど、肝心の学生がそのクオリティを持て余している——ってことになるのかなぁ。いくら周りがお膳立てしたところで、学生がやる気にならなければ意味がないと。

記者——こういう企画なら、「オレが、ワタシがこの企画で第一三共からお金を引っ張ってきてやる!」っていう意識でやらなきゃ、学ぶ意味もないですよね。実際、サラリーマンは、「このプレゼンが通らなかったらクビ」「これで家族を養っているんだから、失敗は許されない」って気持ちで取り組んでいるわけですから。それに、この授業で本当にモノになりそうなビジネスモデルが提示できれば、第一三共なりN-WAVEから資本を出してもらって起業することだって十分あり得るわけですし。ただただ点数を稼ぐためだけに課題に取り組むのであれば、この授業を受けるのは宝の持ち腐れですよ。家でペン習字の練習でもした方がずっと生産的ですよ。

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 と、学生諸君には耳の痛い結論となってしまった対談はここで終了。二人のハナシはセ・リーグで最も補強に成功したチームはどこなのか? 大谷選手は外野で使うべきか、遊撃手として使うべきか——投手としての評価については、「ドラ1右腕では屈指のノーコン。左腕なら我慢できても、右腕では通用しない」で一致——という球界最新事情を巡る非生産的な対話へと発展していった。
 

 クワトロ大尉曰く、「新しい時代を創るのは老人ではない」というのであれば、若人たる学生に対して率直な感想をぶつけることは、決して無為なことではないのだろう。それにしても今回あきらかになった学生の意識の問題は、明治大学に特有の問題なのか、それとも全国に共通する問題なのか……。同じような公開授業があったら、また見学してみたいものだ——と、北千住のファミレスでデニー友利コーチの革新性について熱弁を振るう筆者さんの顔を見ながら、心に誓った。(有)