国立がんセンター研究所
がん転移研究室室長
落谷 孝広氏


 日本医学ジャーナリスト協会の月例会で、国立がんセンター研究所・がん転移研究室室長の落谷孝広先生が演述した。演題は「脂肪由来間葉系幹細胞の特徴と細胞移植治療への応用」である。

 

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 末期の肝不全に陥った患者さんを救う唯一の方法は、肝移植ということになる。しかしドナーの慢性的な不足、コストが高いこと、拒絶反応の問題、ドナー側の副作用等など、いろんな問題があるのが現状である。肝移植に代わる医療として期待されているのが「再生医療」である。ES細胞、iPS細胞を用いる研究が進められている。成果をあげて実現に至るまでには、まだまだ時間がかかる。

 

 再生医学とは、その生物に元来備わっている自己再生能力を、最大限に引き出して難病などの治療に新しい手法を開発する学問の領域である。倫理面、安全性の面で体細胞由来の幹細胞が注目を集めるようになった。すでに多くの研究機関が、幹細胞の分離や同定、可逆性、多分化能について研究を重ね、詳細が明らかにされつつある。体細胞由来の代表的な幹細胞として、皮下の脂肪組織中に含まれる間葉系幹細胞の利用が、盛んに行われはじめている。

 

 人間の細胞の数は、数百種以上あり、約60兆個あるといわれている。その細胞の中で自己再生能力(細胞分裂で自身を増やす)と、より成熟し、特化した細胞に分化する能力(多分化能)を共に持つ細胞が存在することがわかっている。それは幹細胞で、由来により胚性(ES細胞)と体性とがある。

 

 体性幹細胞は、

 

①身体の内臓器官、骨髄、臍帯血、脂肪組織などに存在し、老化した細胞や損傷を受けた細胞を新たな細胞に置換・修復、補充する

 

②自家移植では免疫拒絶の心配がない

 

③胚性ではないので、倫理上の問題がない。

 

 脂肪組織由来の幹細胞の主な特徴は次のようである。

 

①細胞分化=多様な細胞に分化する能力がある。

 

②パラクリン成長(増殖)因子を発現する。

 

③他の自己成人幹細胞と比較して、細胞数が多い。

 

④採取時の痛み、不快感が最小限に抑えられる。

 

 乳がん患者の乳房修復・再生治療について全米乳がん学会では、安全性および有効性が立証できたと発表している。手術後の復元(瘢痕など)に顕著な改善がみられるし、乳房の再建(照射2年以上経過症例)において、27症例中に有害事象はまったくなかった。


 欧州では、慢性虚血性心疾患について頚動脈的カテーテルによる移植を行い、6か月後、12か月での経過観察を実行中である。

 

 交通外傷後の骨形成でも有為な組織再生がみられているし、クローン病に対する修復治療も順調に推移している。

 

 皮下脂肪組織のメリットは

 

①豊富なこと

 

②幹細胞がリッチで

 

③自家移植が可能である、などの点である。

 

 そして間葉系幹細胞の主な機能は、炎症抑制(免疫制御)、栄養効果(増殖因子など)、血管新生、抗アポトーシス、組織修復、アンチエイジングである。対象疾患は、肝硬変、慢性心疾患、慢性腎疾患、脳梗塞、潰瘍、糖尿病、組織再建(乳房)などである。 

 

 骨髄中の幹細胞数は、1:50万〜100万個。臍帯血中の幹細胞は、1:8000万個、脂肪中の幹細胞は、1:10〜100個であり、脂肪組織は細胞数を増やすことなく、移植に必要な幹細胞数を確保できるという利点がある。(寿)