7月某日。酷暑の北千住駅前にやってきたのは、交流戦優勝セレモニーを無断で欠席し、現在2軍に幽閉されている松中信彦選手と同世代の筆者さんと大記者さん。記者も交えた3人で、参院選後の政治と医療の行方について鼎談すべく、この地に降り立った。

「いやぁ久しぶり久しぶり」

「3年振りかなぁ、こうして会うのって」

 久闊を叙する2人を尻目に、筆者は打ち合わせの場所を探していたのだが……。

「記者君、こんなにクソ暑いのになぜチンタラ歩かせるのかね?」

 筆者さんの声が響く。いつもはそこそこ腰が低かったりするものの、元同僚の大記者さんと一緒になると、なぜかエラそうに先輩風を吹かすのだった。

(小せぇ。ペットボトルのキャップより器が小せぇ)

 という心の声を閉まったまま、愛想よく案内したのは某炭火焼のお店。3人で掘りごたつを囲んだところで、いつもカバンに忍ばせている小型ICレコーダーのスイッチを入れると、大記者さんが、おもむろに切り出した(以下、敬称略)。

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大記者——開票の日は、武見敬三の事務所で取材していたんだけど、いやぁ大変だった。開票から3時間はずっと立ちっぱなしで、当選が決まったのが8時間後だったからね。

筆者——終わってみれば大激戦だったけど、結構前から自民党は東京選挙区で2つの議席を獲れるってハナシじゃなかったっけ?

大記者——そうでもない。東京選挙区で99.9%勝てると見られていた候補は、丸川珠代と山口那津男の2人だけ。年初の永田町では、残る3議席について、「みんなの党と日本維新の会の“統一候補”が1つ。民主党の鈴木寛が1つ。残る1つを共産党が獲るか獲らないか」と見る向きが多かった。この時点では、武見の当選を予想していた人はほとんどいなかった。

筆者——あぁ、言われてみればそうだわ。何というか、選挙結果を知っているから、前から勝ちが見えていたという風に勘違いしていたね。みんなと維新の選挙協力が盤石であれば、彼らが1議席獲っていただろうしね。

大記者——3月に橋下徹の失言問題があって、みんなと維新の連携が瓦解。これで「もしかしたら武見が通るかも?」という機運が生まれてきた。ただ、6月の都議選で共産党が躍進したことで、丸川、山口、吉良よし子の勝ちが固いと見られるようになった。

筆者——ということは、選挙直前の予想は、「丸川、山口は槍が降っても当選する」「吉良も当選は固い」「残り2つを鈴木、武見と第三極で争う」というものだったということね。

大記者——その通り。丸川、山口、吉良については、誰もが予想した通りに勝ったけど、鈴木が負けて、山本太郎が勝ったことは完全に予想外だった。

筆者——結果的に、武見は鈴木を破って当選したわけだけど、武見ってこれまでは比例候補だったでしょ? 今回選挙区で勝った意味はとても大きいと思うんだけど。

大記者——本人も一所懸命に選挙運動をしていたね。慣れない演説も工夫しながらこなしていたし。「ウチの父親(武見太郎)は、昭和20年から銀座で開業医をしていたんです」なんて言ってね。ただ、勝つには勝ったけど、本人にとっては勝利の実感は薄いんじゃないかなぁ。

記者——素朴な疑問なんですけど、どうして武見は東京選挙区の候補になったんですか?

大記者——良い質問だね。実は自民党にとって、丸川以外の候補者を誰にするのかは悩みの種だったんだ。丸川が当選するのは規定路線。ただ、丸川くらいに強い候補だと、浮動票を根こそぎ引っ張っていくわけでね。そうなると、もう一人の候補を立てたとしても……。

記者——丸川に“喰われて”しまって勝てないと。

大記者——そういうこと。となると、存在感の薄い若手の新人は立てられない。かといって著名人候補を立てれば、最悪、丸川と票を食い合うことになる。だったらどうればいいのか……。

筆者——ということで、組織票を持つ武見に白羽の矢が立ったと。なるほどなぁ。

大記者——で、東京都医師会以下、都内医療関係団体の組織票を当てにして選挙戦を戦っていたんだけど、選挙戦後半になると厳しい情勢が伝えられてねぇ。必死になって浮動票を獲りに行ってた。その御蔭で、丸川との関係は険悪になっちゃってたね。

筆者——丸川にとってみれば、「あなたは組織票を固めていればいいんであって、私の領域である浮動票に手を出すな」と。ともあれ、自民党にとって見れば大勝利なんだろうね。

大記者——大勝利も大勝利。ただ、医師会にとっては大勝利……ってことでもなかったりするんだな、これが。

筆者——やっぱり比例区で団体内候補をどれだけ勝たせるか? が一番大事ってことなんだなぁ。ここで圧倒的な票を獲ってこそ、業界団体としての政治力を魅せつけることができると。

大記者——医師会の候補は、副会長の羽生田俊。彼は25万票弱を獲って6位で当選した。医師会にとっては、04年の参議院選以来の団体内候補の当選であり、現行制度下での参議院選で初めて20万票以上の票を得た結果でもあり、まさに快挙といっていい結果だった。

記者——(手元の資料を見て)これまでは04年の19万票が最高票数ですね。小泉旋風下での選挙のときより6万票上乗せした結果です。

筆者——てことは、選挙区で武見を勝たせ、比例区で過去最高得票で6位に候補を送り込んだってことだから、医師会大勝利! ってことじゃないの?

大記者——それがそうじゃないんだな。歯科医師会の団体内候補(日歯連顧問)の石井みどりが、29万票強を獲って4位で当選したんだね。上には全特(郵便)、JA(農協)の二強と、ヒゲの隊長(佐藤正久)しかいない。橋本聖子すら上回る快勝だったんだ。

筆者——ははぁ、それじゃ医師会も喜べないわけだ。よりによって歯科医師会に思いっきり遅れをとってしまったとはねぇ。これって歯科医師が増えまくって半ばワーキングプア化していることと関係があったりするのかね? 一頃、「コンビニ歯科医」が話題になっていたけど。

大記者——大勝の背景はその辺にあるんだろうね。つまるところ「このままじゃ食べていけないから、政治に期待する」と。結果、政治意識が高まって、過去に例を見ない圧勝劇が起きたということ。

筆者——医師会にしても歯科医師会にしても、比例区で10位以内に候補を送り込んだ。郵政団体、農業団体に次ぐ政治力を見せつけた。この実力は、執行部も無視できないと思うんだけど、彼らが目指す政治目標は何なのかな。やっぱり診療報酬を一点でも多く貰いたいってことになるのかね?

大記者——現時点における医師会の政治目標は、「混合診療解禁の阻止」と「医療機関経営への株式会社参入の阻止」。この2つ。これに比べれば、診療報酬の多寡は随分と優先順位が低い。

筆者——これは素人考えだけど、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を締結したら、「混合診療」も「株式会社」も、ほとんど自動的に解禁されるようになるんじゃないの?

記者——聖域なきグローバル化という観点から見れば、いずれはそうなりそうな気はしますね。そこのところはどうなんでしょう。

大記者——TPPで何もかも規制緩和だ! 民営化だ! ……とはならないでしょ。混合診療については部分解禁となるのが現実的だろうし、医療機関への株式会社参入のハナシにしても、株式の上場や譲渡の禁止みたいな規制がかかると思うけどね。

筆者——でも、原則論で言えばTPPってのは法治のための枠組みでしょ? 「こうすれば儲かるから例外」みたいな商売ありきのハナシであれば、部分解禁もありえるだろうけど、締結国間で統一ルールを守るという理念を鑑みるなら、どんな経過を経たとしても完全な形での解禁、民営化になると思うけどなぁ。

大記者——TPPとその影響についていえば、学者によって見解も分かれているから何ともいえない。ただ、混合診療の解禁については、医療費抑制という観点から、TPPとは全く関係なく進められていくと思うね。

記者——もう少し詳しく教えて下さい。

大記者——例えば抗がん剤。最近の分子標的薬なんてもの凄く薬価が高い。これを恒常的に使うとなれば、その費用はバカにならない。でも、今の制度では大部分を保険で賄うようになっている。それにがん患者は、高齢者が多いからね。余計に保険料がかかる。「こうした高い医薬品については、私的医療の枠組みを適用しよう」という考え方は、十分妥当だと思うし、医療費抑制の観点から言えば合理的だ。で、これを蟻の一穴にして、混合診療の部分解禁に繋がるという可能性は、十分にあり得ると思う。

筆者——そういった大きな潮流を、25万票の政治力で止められるのかというと……普通に考えて難しそうだねぇ。[後編に続く](有)



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