7月9日、田村憲久厚生労働大臣は、1割に凍結されている70〜74歳の医療費の窓口負担を、来年4月から2割に引き上げる可能性を示唆した。

 70〜74歳の窓口負担は、2006年に成立した医療制度改革関連法で2008年4月から2割に引き上げることが決められていた。しかし、2007年の参院選で自民・公明両党が大敗。高齢者の票離れを恐れて実施が見送られ、現在も据え置かれたままとなっている。

 この据え置きのために、国は毎年2000億円の予算措置を行っている。高齢者の医療費を賄うために現役世代の健康保険料は年々引き上げられており、世代間格差を問題にする人もいる。厚労省の社会保障審議会医療保険部会などでも、支払い側の委員からは「法律で決まったことなのだから、早く引き上げるべき」と再三言われてきた。この夏の参院選で自民党は議席数を回復させ、ねじれは解消した。景気回復の追い風もあり、70〜74歳の窓口負担問題を解決してしまおうという機運が高まっている。

 ただし、一斉に70〜74歳の自己負担割を引き上げるのではなく、新たに70歳になる人から2割負担にしていく案が濃厚だ。こうすれば、69歳まで3割だった窓口負担が70歳から2割になるので、個人的には負担増にはならないからだ。

お金を払わずに好きなだけ医療機関を受診できると、必要以上に医療が使われる恐れがあるため、窓口での一部負担金を導入しているというのが国や健康保険組合などの言い分だ。たしかに、一部負担金は医療を利用する際のモラルハザードとしての役割はあるものの、手持ちのお金がなければ医療を受けられないため行き過ぎれば受診控えを起こすことになる。

 日本は、すでにこの「行き過ぎ」の状態だ。総医療費に占める患者の自己負担率は、フランス7.4%、イギリス11.1%、ドイツ13.0%。すべての国民をカバーする公的医療保険がないアメリカですら12.1%なのに、日本は14.6%と高い自己負担率となっている。

 日本医療政策機構の「日本の医療に関する2008年世論調査」によれば、費用がかかるため具合が悪いのに受診を控えたことがある人は31%にも及んでいる。具合が悪いのに受診を控えると、重症化して医療費が高くなるので、患者はさらに医療を受けにくい状態になる。

 とはいえ、日本は憲法25条で、すべての国民に健康で文化的な生活を営む権利を保障している。先進国ならどこでもそうだが、国民に「お金がないなら医療を受けるな」と言うことはできないので、自己負担できない人の医療費は税金で面倒を見ることになる。窓口負担割合を増やせば、それを払えない人が増えるのは確実だ。

 窓口負担割合の引き上げは、一時的には医療費の抑制に効果を見せるかもしれないが、長期的には公的な医療費・国の支出の削減につながらない可能性が高い。OECDの『世界の医療制度改革 質のよい効率的な医療システムに向けて』でも、適切な範囲の一部負担金は否定していないものの「政策担当者はこのアプローチ(一部負担金)によって大きな節約ができると予想すべきでない」と指摘している。

 厚労省の試算では、平均年収に対する医療費の患者負担は、65〜69歳が3.8%、75歳以上が4.6%なのに対して、70〜74歳は2.4%。他の高齢世帯に比べると70〜74歳の負担はたしかに低い。だが、これまで見てきたように、諸外国に比べると日本人はすでに十分すぎるほどの窓口負担を支払っている。であるならば、70〜74歳の窓口負担の引き上げではなく、69歳以下の人の窓口負担を引き下げることで公平を図るのが筋というものだ。

 ましてや70〜74歳の人の窓口負担を引き上げても、得られる財源は年間2000億円程度だ。それよりも考えたいのは、社会保険の原則である応能負担による財源確保の方法だ。たとえば、大企業の従業員が加入する健保組合や公務員の共済組合は、中小企業の従業員が加入する協会けんぽに比べると保険料水準がまだまだ低いところが多い。これらを協会けんぽ並みに統一すれば、年間1.7兆円の保険料収入が見込めるという(2010年度の保険料による試算)。

 高齢であっても経済的に余裕のある富裕層からは相応の保険料を負担してもらえばいい。受診抑制につながる窓口負担の引き上げを強行しなくても、財源は他にもあるはずだ。

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早川 幸子(はやかわ ゆきこ)

 1968年千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。フリーライター。編集プロダクションを経て、99年に独立。これまでに女性週刊誌などに医療や節約の記事を、日本経済新聞に社会保障の記事を寄稿。現在、朝日新聞be土曜版で「お金のミカタ」、ダイヤモンド・オンラインで「知らないと損する!医療費の裏ワザと落とし穴」を連載中。2008年から、ファイナンシャルプランナーの内藤眞弓さんと「日本の医療を守る市民の会」を主宰している。