記者——この辺で政局についてのハナシをしたいのですが……。
大記者——安倍晋三は何を目指しているのかわらない。故に、医療行政の行方もどうなるかわからない。以上! ……これじゃダメ?
記者——ダメです。
筆者——でも、安倍が何を目指しているかわからないっていうのは全く同感。過去の日本国首相の政治目標は、だいたい一言にまとめられた。「吉田茂=日米講和」「鳩山一郎=日ソ交渉」「岸信介=安保改定」ときて所得倍増、沖縄返還、日本改造みたいな感じでね。この見立ててで言うなら、安倍の政治目標は「(首相になれなかった)親父の宿願を果たす」だったと思うんだ。で、それは第一次政権では志半ばで潰えたものの、復辟して今回の参院選を大勝したことで、見事宿願を果たしたって考えているんだけどね。
記者——憲法改正はどうなんですか? 7年前から「戦後レジームの転換」って散々言ってたじゃないですか。
大記者——参院選で2/3の議席を取れなかった。改憲に肯定的な維新の議席を加えても、だいぶ足りない。この時点で向こう3年間で改憲する可能性は限りなく小さくなったと思う。
筆者——それに憲法改正についていえば、実は安倍よりも麻生太郎の方が真剣に考えていると思う。何しろいまの日本の国是である『軽武装重経済』路線を敷いたのが爺さん(=吉田茂)なわけだから。孫としてこれを正したいと考えているんじゃないか……と、邪推しているんだけどね。
記者——次の選挙は恐らく3年後の「衆参ダブル選挙」だと思いますが、ここで自民党が勝てば、憲法改正の道筋がつくんじゃないでしょうか?
筆者——それはねぇ、無理。株価を2万5千円くらいに乗せて、竹島と北方領土を実効支配して、失業率を5%以下にできれば、次の選挙で自民党は大勝できるかも知れない。でも、近代史上でここまでの政治的成功を収め得たのは、ポーランド侵攻直前のヒトラー——政権獲得後4年でGNP1.5倍、チェコ、オーストリアの併合、完全雇用の実現——ぐらいだからね。そのヒトラーの統治だって、果てしない借金と急激な軍拡による内需拡大に支えられたものなわけだから。安倍政権にこれほどの政治的成功を期待するのは無理だろう。
記者——それに消費税増税もありますね。
大記者——任期中に増税すれば、次の選挙での大勝は不可能だろう。過半数をとれれば御の字だと思う。つまり、憲法改正の芽はしばらくないわけだ。であれば、3年間の政権運営で、「安倍は一体何をしたいんだ?」ってハナシになるってこと。
筆者——ところで消費税増税は本当にやるのかね? 確かに三党合意はあるし、自民党内の大勢は増税論に傾いている。純粋に政治情勢だけを見れば、増税は不可避だと思う。でも、ここにきてようやく景気回復の芽が出てきたわけでしょ? 安倍嫌いのマスコミは腐しているけど、少なくとも過去5年の比較でいえば、数字の上でもマインドの上でも景況感が良くなってきているのは事実だと思うんだ。で、そんなときに消費税増税をしたら、この芽を完全に摘むことになるでしょ。それでいいのかね?
記者——増税反対の共産党が与党にならなかった以上、消費税増税は民意といえますからね。自民党が合理的な判断をすることを祈るしかない、と思っています。
大記者——消費税の問題は、突き詰めれば社会保障費の問題だ。赤字国債も増税も、全ては年々増え続ける社会保障費を如何にして賄うか? それだけのために必要とされているといっていい。で、この問題を根本的に解決する方法は2つしかない。1つは景気を回復させること。もう1つは社会保障費を削ること。
筆者——仮に明日から20年くらい株価が3万円台で推移したら、年金問題は全て解決するものね。でも、戦後の国家経済は世界経済と密接にリンクしているものだから、世界を舞台にしたゼロサムゲームで日本だけ一人勝ちするのは無理。よって、劇的な景気回復による解決策はあり得ないということになる。
大記者——社会保障費を削るとなれば、当然、高齢者の医療費と年金の問題が焦点になる。例えば年金支給開始年齢を80歳にして、高齢者の保険料負担を5割にすれば、社会保障費の問題はかなり解決できる。でも、これはIFのハナシとしてもバカバカしい仮定だ。現実には1%でも削減するのが難しい。理由は簡単で、自民党は高齢者の票をあてにして勝ってきたからだ。ただ、この問題は既成政党全てに通じるもので、特段、自民党が悪いわけではない。なので、現状ではどの政党が政権をとったところで、社会保障費の問題を抜本的に解決するのは不可能といえる。
筆者——で、社会保障費を賄う財源として消費税を当てにする、と。財務省の試算では長期的には20〜25%まで上げる必要があるってことだけど、橋本政権で消費税率を5%にしたときには、消費意欲が劇的に下がって、当初目論んでいたほどの税収が得られなかった。この教訓を前提とするなら、最終的には「複数税率なしで30%」みたいな悪夢が待っているのかもね。
記者——消費税増税により自民党の支持率が下がり、選挙に突入した場合、政界再編はどのような形で進むと思いますか?
大記者——民主党について言えば、連合以下の各労働組合が応援している以上、自民党、みんなの党、日本維新の会と野合することは考え難い。かといって、反自民の受け皿として広範な支持を得る可能性もない。3年間の失政のツケがあるからね。
筆者——政界再編の中心は、自民党分裂組じゃないかな。肥大化した組織が分裂するっていうのは、古代アッシリアの時代から続く人類の営為における法則でもあるしね。もし、3年後に自民党の支持率が10%を割り込むようになれば、「次の選挙で生き残りたい」と願う反主流派が、「看板を掛け替える」ために党を割るのは間違いないと思う。
大記者——で、旧自民、新自民に別れたとして、公明党を味方につけた方が選挙に勝つと。残ったほうは民主党と野合するんじゃないか。
筆者——そしたらまた「経営者党vs労働貴族党」って構図になるのか……。やっぱりアレだね、小選挙区制ってダメだね。
大記者——もう中選挙区制を復活させるしかないでしょ。
筆者——(立ち上がって大記者に握手を求める)そうそうその通り! 年初に某評論家の先生と選挙制度について討論したことがあってね。「三院制導入」とか「元老院の復活」とか「甲子園区割りの提案」とか、常識にとらわれずにいろいろな案を出して議論を交わしたんだ。で、結局のところ、現行法下で1票の格差が最も少ない大選挙区制を施行するのであれば、過去の中選挙区制の復活が最も現実的じゃないか? って結論に落ち着いた。
大記者——だから、衆議院は全議席を中選挙区制、参議院は全議席で比例代表制。これでいいと思うね。
筆者——全然同意。これであれば、選挙区で選ばれた下院(衆議院)が上院(参議院)に優越するという根拠もハッキリするしね。
記者——中選挙区制を導入すると、悪しき派閥政治が復活すると思うんですけど?
筆者——そ・れ・こ・そ・が大事なんだよ! 苛烈な派閥抗争を経験しないと、政治家は政治家としての基本的なスキルを磨けないんだ。最近、“寝業師”とかって言葉、全然聞かないだろう? これは端的に政治の劣化を表していると思う。説得や懐柔も立派な政治スキルであって、こういう技術は、党大会で喚いたり、予算委員会で口喧嘩するだけでは絶対に身に付けられない。陣笠からカバン持ちをして、先輩のエゲツない交渉を間近に見ながら盗んでいくしかない。で、派閥抗争がないと、そういったスキルを磨く機会は得られないものなんだ。派閥を作り、それに勝ち抜く政治手腕を持つ政治家を育てる。こうした高い政治スキルを持った政治家が日本のトップになれば、国民にとっても幸福だろう。
大記者——まぁ、それだけが中選挙区制のメリットってわけじゃないけどね。
記者——でも、庶民感覚こそが政治に求められるという意見にも傾聴すべき点があると思うのですが……。
筆者——個人的には全く汲みしないね。だったら記者君が盲腸で開腹手術をするってときに、そこらのオバさんにメスを握って貰いたいかね? 政治だって同じだろう。素人じゃなくてプロがやるべき仕事だと思うけどね。
大記者——「一寸先は闇」というけど、現時点で言えることは、「3年間は選挙なし」「医療政策のゆくえは不透明」「とっとと中選挙区制を復活せよ」ってことかな。なんか締りのない結論だけど。
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と、後半は一方的に説教を喰らうような形になってしまった鼎談はここで終了。大記者さんと筆者さんは、「なぜ、昨今の医薬品卸業界では%のことを“プロ”といわなくなったのか?」という、記者が考え得る限り最も非生産的なことをテーマに激論を交わしていた(ちなみに“プロ”とは、%のドイツ読みである“プロセント”の略だとか)。
これからの政局がどうなるのか? 医療行政がどのように変わっていくのか? 結論は出なかったものの、所々で予言めいた言葉もあった。こうした筆者さんの踏み込んだ物言いには、シャア少佐の、「当たらなければどうという事はない」という言葉をそのままぶつけてみたかったのだが……。そこでまた説教を喰らうのも面白くなかったので、次に同じような機会があったら、「あのとき言ってたことは全部外れたけど、いまはどんな気持ち?」と聞いてやろう——と心に誓った。(有)