中高年ともなれば、胃腸に何らかの不具合を抱える人は珍しくないだろう。「昔に比べて酒に弱くなった」などと衰えを感じることも多いはずだ。部位別のがんの罹患割合をみると、胃や大腸ほか、口から食べ物が入って肛門から便として出ていくまでの通路「消化管」に発生するものが最も多い。


『胃腸を最速で強くする』は、胃腸をはじめとする消化管のさまざまな機能を解説し、胃腸を傷つける生活習慣、胃腸によい健康法を紹介する一冊である。


 著者は内科医の奥田昌子氏。医学書の翻訳から一般書の執筆まで幅広い引き出しを持つだけに、常識のナゼから、巷説のウソ、危ない生活習慣、最新の医学研究……と情報の幅と質が非常に充実している。


 意外感があったのは、緑茶と喫煙の関係だ。緑茶(ポリフェノール)の健康に好い影響を与える話やデータは、健康分野を扱っているとしばしば登場するが、実は〈タバコを吸う人が緑茶を飲むと、胃がんの発症率が逆に2倍以上高くなるという調査結果がある〉という。


 胃がんとの関係から、“悪玉”扱いされてきたピロリ菌にも“別の顔”があったようだ。現在ではピロリ菌は、〈感染がわかると、ただちに薬を飲んで除菌する〉が一般的な流れになっている。


 だが、〈近年、ピロリ菌の感染率が下がるにつれて逆流性食道炎になる人が増えて〉いるという。ピロリ菌が日本人の縦に長い胃で、胃酸を減らしたり、中和したりしていたからだ。


 昨今、逆流性食道炎の増加に伴って、逆流性食道炎を繰り返すことで発生する“欧米型の食道がん”が日本でも少しずつ増えてきているという。「あちらを立てればこちらが立たず」。医療の世界は一筋縄ではいかないものである。


■胃腸にも悪さをする「ストレス」


 喫煙、酒、塩など胃腸に悪さをする、さまざまな危険因子がやり玉にあがる本書の中で、まるまる1章が割かれているのが「ストレス」だ。


 ストレスを原因とした不調は、〈つらい症状が確かに続いているのに、詳しい検査をどれだけ行っても異常が見つからない〉だけに厄介だ。〈ストレスは自律神経のバランスを乱すとともに、脳に働きかけて、いくつかのルートで消化管に大きな影響〉をおよぼす。


 胃、十二指腸、食道、大腸……、さまざまな消化管がストレスの影響を受ける。なかでも潰瘍性大腸炎やクローン病は〈大きなストレスをドカンと受けるより、小さなストレスがだらだら続くほうが病気の発症と悪化に結びつく〉という。多くのビジネスパーソンにとって仕事は小さなストレスの連続だ。ストレス解消は心だけでなく、体の健康にも直結しているといえるだろう。


 ちょっとした胃腸の不具合なら、放っておけば自然に治ったり、市販のOTC薬で治ったりすることも多い。だが、〈消化管のトラブルは(かなり悪くなるまで軽い症状しかあらわれない)(早期胃がんに自覚症状はほとんどない)〉など、決して侮れない。消化管なら内視鏡も使える(過信はできないが……)。定期的な健診や異常を感じた際の検査はきちんと受けておきたい。


 そして、生活習慣の改善や食事のとり方でリスクが大きく減るのも、消化管だ。本書には運動の方法や頻度、魚の調理法別の消化のしやすさ、食物繊維の多い食品の切り方など、細かいノウハウも満載である。ちなみに、一時流行った「水素水」、飲む前の牛乳、腸内細菌のバランスを整えるためのヨーグルトなど、よくある“健康法”の実力のほどは? 本書で読んで確かめていただきたい。


 消化管の病気を抱え治療を受けている人は1010万人。治療を受けていない人や予備軍を入れるとさらに膨らみそうだ。時折、胃や腸の不調がやってくる自分もそんなひとり。またしても日頃の生活習慣を深く反省させられた一冊であった。(鎌)


<書籍データ>

『胃腸を最速で強くする』

奥田昌子著(幻冬舎新書780円+税)