大阪大学大学院 医学系研究科
消化器癌先進化学療法開発学教授
佐藤太郎氏


 当コーナーで幾度も取り上げてきた大腸がん。その化学療法の有効性を巡り、米国臨床腫瘍学会(ASCO)にて、注目すべき発表があった。その発表とは、『KRAS野生型切除不能大腸癌1次治療としてのFOLFIRI+セツキシマブ療法とFOLFIRI+ベバシズマブ療法の無作為化試験:AIO KRK-0306(FIRE3)』。今年度の同学会において発表された数多の論文のなかで、最も優れているものの一つに与えられる「Best of ASCO」に選定されたテーマである。

 今回取材したのは、この『FIRE3』をマスコミ向けにわかりやすく解説した『ASCO2013プレスセミナー』。演題は『切除不能大腸がん治療に新たなエビデンス』、演者は大阪大学大学院医学系研究科消化器癌先進化学療法開発学の佐藤太郎准教授。


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 大腸がんの化学療法で用いられる化学療法剤には、「5-FU」「オキサリプラチン」「イリノテカン」という3つの抗がん剤と、「ベバシズマブ(VEFG阻害剤)」「セツキシマブ、パニツムマブ(EGFR阻害剤)」という2種類の分子標的薬が用いられます。


 これらの化学療法剤は、単剤及び組み合わせて投与され、代表的な併用療法として、『FOLFOX』(5FU+フォリン酸+オキサリプラチンの3剤併用療法)と『FOLFIRI』(5FU+フォリン酸+イリノテカンの3剤併用療法)の2つがよく知られています。日本においては『FOLFOX』による治療が主流であるといっていいでしょう。

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 大腸がんを巡る化学療法の基本は、2013年05月20日掲載の記事『大腸がん治療における「分子標的薬の基本」を知る』で紹介している通り。その内容をかいつまんで紹介すると——


①大腸がんの治療にあたっては、最初に「根治切除できるか否か」を判断する
②切除できる場合は外科手術。できない場合は化学療法を行う
③化学療法の目的は「延命治療」。奏功して根治切除可能になった場合は外科手術
④化学療法の軸となるのが抗がん剤


——となる。


 現時点における最新の化学療法剤は、がんの分子を直接狙って増殖を抑える分子標的薬だ。この分子標的薬には——


・VEGF阻害剤=がん細胞に栄養を送る血管をブロックする効果を持つ
・EGFR阻害剤=がん細胞が増える信号を送るEGFRをブロックする効果を持つ


——の2つがある。


 このうちEGFR阻害剤については、大腸がん患者の持つKRAS遺伝子のタイプにより効果の有無が異なる。すなわち、KRAS遺伝子が<野生型>であれば効果があり、<変異型>であれば効果がないということ。


 今回のセミナーは、この2つの分子標的薬の効果を比較する大規模臨床試験の結果をテーマとしたものだ。


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『FIRE3』でターゲットに設定されたのは、化学療法の1次治療を必要とするKRAS野生型の切除不能大腸がん患者。計592例を対象に試験が行われました。主な適格基準は、「18歳以上、組織学的に切除不能大腸がんと診断された例」「ECOG PS 0-2」「試験登録半年前までに完了していれば、前治療としての術後補助化学療法を許容」というもので、ドイツ、オーストリアの150施設が参加しました。


 試験デザインは、上記592例の患者を1:1で無作為化した上で——


・FOLFIRI+セツキシマブ
・FOLFIRI+ベバシズマブ


——の治療を行うというものです。


 主要評価項目は「奏効率」で、副次評価項目として「無増悪生存期間」「全生存期間」「ベースラインと比較した腫瘍縮小の割合」などを設定しました。


 今回の『FIRE3』が画期的なことは、500例以上の患者を対象に長期間に渡って試験を行うことのみならず、異なるタイプの分子標的薬(=VEGF阻害剤とEGFR阻害剤)の効果について、KRAS遺伝子<野生型>の患者のみを対象に、真正面から比較したことにあります。より突っ込んで言うなら、「セツキシマブとベバシズマブは、いったいどっちが効果の高い薬なのか?」を、大規模臨床試験を通して検証したということです。


 では結果はどうだったのでしょうか。


 結論からいうと、主要評価項目である「奏効率」では差がありませんでした。ITT集団(592例)の比較では、FOLFIRI+セツキシマブ群が62.0%、FOLFIRI+ベバシズマブ群が58.0%となりましたが、統計上の有意差はありません。これは副次評価項目である「無増悪生存期間」でも同様です。


 しかし、「全生存期間」について見ると、FOLFIRI+セツキシマブ群が28.7カ月であるのに対して、FOLFIRI+ベバシズマブ群が25.0カ月にとどまります。中央値で3.7カ月分の前生存期間の延長が認められたわけで、統計上でもハッキリと有意差が出ています。つまり、延命効果という点では、FOLFIRI+ベバシズマブ(VEFG阻害剤)よりもFOLFIRI+セツキシマブ(EGFR阻害剤)の方が優れている結果が出たということです。もっと言えば、さらにフォローアップしていけば、この差はより大きくなるものと考えられます。

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 なお、「奏効率」については、ITT集団では差がなかったものの、評価可能集団(早期死亡、アレルギー反応などの事例を除いた526例)では、FOLFIRI+セツキシマブ群が統計上でも有意に優れていたとのこと。


 ここまでの結果から推定されることは、同じ分子標的薬でも「血管をブロックする効果」と「細胞増殖の信号をブロックする効果」を持つ薬では、その効き方によって延命効果に差が出る——ということなのだろう。


 これまでの切除不能大腸がんへの1次治療では、ベバシズマブ、セツキシマブとも「同じように効果があり、同じように効くのだろう」ということを前提として、KRAS遺伝子の検査結果に加え、患者の病歴や病状、医師の指向などが総合的に勘案して、「分子標的薬を使うか否か」「分子標的薬を使う場合、どちらの薬を使うか否か」を決めていたという。具体的には、「この患者には脳血管疾患の前歴があったから、血管新生に関わるベバシズマブを使うのは慎重にした方がいいだろう」というように、効果そのもので薬を選択していたわけではないということ。


 それが今回の大規模臨床試験により、FOLFIRI+分子標的薬を使う治療においては、ベバシズマブよりセツキシマブの方が約4カ月ほど延命効果に優れている——ということが明らかになった。


 誤解を恐れずに言うなら、両剤の上市以来、どちらが優れているのかがイマイチわからなかったのが、今回初めて「セツキシマブ=EGFR阻害剤」の方が良いというエビデンスが出たということだ。


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 全生存期間で3.7カ月の差が出たということは、臨床的にも意義のあるインパクトの大きな結果といえましょう。


 根治切除ができない大腸がんを治療するにあたって、患者が最も求めていることは、「延命効果」です。実際、読売新聞社の市民講座でとられたアンケート(大腸がん患者119名の回答結果)によりますと、「生存期間の延長」を求める声が最も多く59.7%、次いで「がんを小さくする」ことが47.9%、「副作用が少ない」ことが47.1%と続いています。


 このようなエビデンスが出た以上、私たちはこれを重視したうえで、1次治療の選択肢について改めて検討し直す必要があります。また、一人でも多くの患者がこのエビデンスを知り、「自分の治療にはより良い選択肢があり得るのだ」ということを理解する必要があると考えています。『FIRE3』の結果は、それくらい大きなインパクトを持つものなのです。

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 大腸がん治療に用いる分子標的薬の“双璧”であるベバシズマブとセツキシマブ。この両剤を直接比較した初めての大規模臨床試験の結果だけに、副次評価項目とはいえハッキリと差が出たことは、大腸がんの化学療法における1次治療の選択巡る医師の指向に大きな影響を与え得る。今回の大規模臨床試験で見出されたエビデンスは、日本の大腸がん治療の最前線をどのように変えていくのだろうか?(有)