1月の社会保障制度改革国民会議の席上、終末期医療について「さっさと死ねるようにしてもらわないと困る」と自論を展開し、物議を醸した麻生太郎副総理。

 4月24日には都内で行われたパーティーでも、懲りずに「食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで、糖尿病になって病院に入ってるやつの医療費はおれたちが払っている。公平ではない。無性に腹が立つ」と発言。健康を維持するための努力をしている人にインセンティブを与えるために、「70歳以上で、年に一度も病院に通わなかった人には10万円あげる」といった仰天の医療費削減策をぶち上げた。

 糖尿病は生活習慣だけが原因ではなく、遺伝や自己免疫との関わりが深い病気なのだが、今回はその点は触れないでおく。それより問題にしたいのは、1年間病院に行かなかった人に「10万円あげ」れば、本当に医療費は削減できるのかということだ。

麻生プランによる医療費への影響を図る上で、参考になるのは民間医療保険の無事故給付金だ。「健康ボーナス」「健康祝い金」などと呼ばれるもので、10年などの保険期間中に一度も入院や手術しなかった場合に20万円など一定額が給付される。

 一般の感覚では、自分が医療費を使わなければ、納めた保険料はプールされて、余ったお金で無事故給付金が支払われると思うかもしれない。だが、保険は契約者から少しずつ保険料を集めて、誰かが病気やケガをしたときの給付を賄う相互扶助の仕組みで成り立っている。

 年齢や健康状態に応じて、どれくらいの確率で入院や手術をする人が出るかを計算して保険料は決められるが、いったん納めたものは契約者全体の資産になる。銀行の預金のように個人の資産として積み立てられるわけではない。つまり、自分が病気やケガをしなくても、その保険料は誰か別の人の給付に使われるので、お金が余るということはないのだ。

 では、無事故給付金はどのように支払われているのだろうか。

 実は、入院や手術の給付金と同様に、無事故給付金も「病気やケガをしない人はどれくらいの確率で発生するか」を計算し、その分の保険料を別建てで徴収している。そのため、入院や手術だけを保障する掛け捨ての商品に比べて、無事故給付金がもらえるタイプは保険料が相対的に高い。

 このように無事故給付金がついたタイプは、入院や手術をしなくてもお金がもらえるので、一見おトクに見えるが、その分、余分な保険料を払っている。入院や手術の給付金をもらってしまうと、無事故給付金部分の保険料は掛け捨てになるので、結局は損することになる。

公的な健康保険で今回の麻生プランを実行するなら、民間保険の無事故給付金のように、医療機関を一度も使わない人の確率を試算し、10万円支払うための保険料を上乗せして徴収する必要があるだろう。

「10万円あげる」と言えば、医療機関を受診しない人は増えるかもしれないが、増えない場合に備えて、その分の医療費は確保しておかなければならないからだ。その結果、国民の負担はさらに増える可能もある。

 また、10万円ほしいがために、具合が悪いのを我慢して高齢者が症状を悪化させれば、余計に国民医療費がかかることにもなりかねない。場合によっては高齢者の健康寿命が損なわれ、要介護の人が増えるなど、さまざまな影響が考えられる。

 健康な人にインセンティブをつけるべきという麻生プランは、一見、合理的に見えるが、時間軸で起こる現象を考えると社会全体には悪影響が多いのではないだろうか。

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早川 幸子(はやかわ ゆきこ)

 1968年千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。フリーライター。編集プロダクションを経て、99年に独立。これまでに女性週刊誌などに医療や節約の記事を、日本経済新聞に社会保障の記事を寄稿。現在、朝日新聞be土曜版で「お金のミカタ」、ダイヤモンド・オンラインで「知らないと損する!医療費の裏ワザと落とし穴」を連載中。2008年から、ファイナンシャルプランナーの内藤眞弓さんと「日本の医療を守る市民の会」を主宰している。