日本大学医学部附属板橋病院
副病院長
徳橋泰明氏
日本赤十字医療センター
副院長
鈴木憲史氏
30代を過ぎれば性別を問わず誰でも一度は経験するであろう「腰痛」。一時的なものから継続的なもの、ぎっくり腰からヘルニアまで、様々なタイプの腰痛があるが、多くの人は初めての痛みを前に、「薬で様子を見る」「マッサージでごまかす」「鍼灸に頼る」といった対応をとるのではないだろうか。筆者の経験則で言うなら、「腰痛で整形外科に駆け込むのは、よっぽどヒドい症状か事故に遭った人及び高齢者」であって、単に腰がいたいだけで病院に行く人はそう多くない——といえる。
が、こうした認識は根底から改める必要があるようだ。
今回取材したセミナーは、『腰痛ではない? 長引く腰痛に潜む血液がん、多発性骨髄腫』(セルジーン主催)。講師は日本大学医学部附属板橋病院の徳橋泰明副病院長。
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多発性骨髄腫とは、一言でいうなら「血液のがん」です。私たちの世界でいう「がんの御三家」——すなわち、がん患者数のベスト3に当たる肺がん、乳がん、前立腺がんですが、これに次いで患者の多いがんが多発性骨髄腫です。
ただ、御三家を含むがんと、多発性骨髄腫の違いは、疾患名の「がん」の有無だけではありません。一番の違いは、「多発性骨髄腫は診断が付け難い」ことにあります。
多発性骨髄腫の自覚症状として最もポピュラーなものは腰痛です。では、腰痛とはどのように定義されるのか? 実は明確な定義はないんですね。日本では「触知できる肋骨の最下端から臀部までの範囲で痛い場合」という、とりあえずの定義がありますが、痛みのレベルや種類、細かな部位までは全く決まっていません。「腰が痛い」という曖昧な訴えの背後に、どのような疾患が隠されているのか? これを見分けるのが肝要ということです。
さて、この腰痛ですが、一般的に80%くらいは非特異的腰痛(=腰部に起因するが神経症状や重篤な基礎疾患を含まない)であり、「単に腰が痛い」で済むものです。しかし、残りの20%は特異的腰痛と呼ばれるもので、ヘルニアや狭窄症などの神経症状や、感染症や腫瘍、骨折などの重篤な脊椎疾患や外傷を含むものです。この重篤な脊椎疾患や外傷のことを、整形外科の世界では「レッドフラッグ」といいます。多発性骨髄腫は、このレッドフラッグの一つなんですね。
実際、多発性骨髄腫の患者は腰痛を訴えて病院に来ます。骨病変部位と頻度(骨転移治療ハンドブックより)を見ると、腰背痛の病変部位が41.7%に上っています。実際、当医院における多発性骨髄腫患者の調査(2001〜2012年。84例)でも、腰背痛を訴えた患者が91.7%(77例。頸部痛4例、その他3例)で、このうち45.2%(38例)が整形外科初診患者でした。つまり、「腰が痛くて整形外科に来た患者」のうち、少なくない例で多発性骨髄腫が見られるわけです。
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しかし、定義もあいまいな腰痛という症状から、多発性骨髄腫であるか否かを診断するのは難しいという。実際、腰痛の8割近くは「単に腰が痛い」だけであり、残り2割にしてもヘルニアや骨粗しょう症などの疾患が疑えるのが実情だ。
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多発性骨髄腫は実に診断の難しい疾患です。骨が折れる、骨に異常がある、ということはレントゲンでもMRIでも見つけることはできます。しかしこうした病変は、整形外科で比較的多く見られる病変でもあります。それこそ骨折一つとっても「骨粗しょう症による椎体骨折」なのか「多発性骨髄腫による骨折」なのかを、レントゲンやMRIの画像一つで鑑別できるドクターは、恐らく世界のどこにもいないでしょう。つまり、多発性骨髄腫という疾患の症状、病変には、特異的な所見は一つもないということです。
そんな画像診断だけでは見つけられない多発性骨髄腫を、どのようにして診断するのか? 答えは血液検査と尿検査にあります。中高年の骨破壊性病変を伴う患者を診断する際には、画像診断と合わせて血液検査と尿検査を行い、「腎障害、血清カルシウム上昇などが見られるか否か」「血清、尿の免疫電気泳動で、単一クローン性のγグロブリンが増えているか否か」を調べる。その上で多発性骨髄腫が疑われるのであれば、骨髄穿刺、生検術により形質細胞様細胞の異常増殖の有無を調べて拡大診断をつける。このように内科的な診断をする必要があるということです。
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「腰痛なのに血液検査?」 整形外科医でも内科医でもない筆者にとっては、どうしても「腰痛」と「血液検査」を繋げることに抵抗があるが、これこそが新しい常識なのだろう。40代を過ぎて腰痛を発症し、整形外科に駆け込んだ際には、自ら血液検査を求めても良いのかも知れない。なぜなら多発性骨髄腫は、他のがんと同じように早期発見、早期治療により症状を劇的に改善できる可能性が高いためだ。
多発性骨髄腫の内科的治療について講演したのは日本赤十字医療センターの鈴木憲史副院長。演題は『多発性骨髄腫の最新治療を考える 2013』
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多発性骨髄腫の症状は、その頭文字を取って「CRAB」とまとめられます。すなわち「高カルシウム血症(Hyper Calcemia)のC」「腎臓障害(Renal Impairment)のR」「貧血(Anemia)のA」「骨症状(Bone Disease)のB」です。それぞれの症状は、骨髄腫細胞により骨破壊、造血抑制、M蛋白の増加により引き起こされます。
これを治療するために、かつては様々な治療薬の多剤併用療法を行ってきました。それでも余命は3年程度で、骨も折れたまま歩けないことが多いものでした。しかし、最近ではサリドマイド、レナリドミドという新規治療薬を使った治療が主流となり、余命も7〜10年まで伸び、骨破壊も抑制され、歩けることも可能になってきています。この10年で多発性骨髄腫の治療は飛躍的に進歩したといっていいでしょう。
こうした治療は、早期に、かつ継続的に行うことにより、無憎悪期間がより長くなることが確かめられています。初期治療から多剤併用を行うことで骨髄腫細胞量を一気に減らし、継続的に治療を続けることで症状の悪化を抑える。ここにレナリドミドの持つ免疫賦活化作用を加えて再発を防ぐ——という内科的治療を行うことで、より余命を長く、かつQOLを高くすることができます。
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講演では、様々な実例をベースに多発性骨髄腫治療の現状を紹介していたが、最も印象的だったのは40代女性のケースだった。2011年1月に受診した際、骨盤にポッカリと穴が開いたように骨破壊が進んでいたのが、治療開始2ヶ月後には骨再生の萌芽が見られ、半年後には穴がふさがり、その2ヶ月後にはほぼ元通りになっていた。鈴木副院長曰く、「かつてなら受診後数カ月で治療中に肺炎などの合併症を起こして亡くなっていたような深刻なケース」だったという。それが今では内科的治療により、「普通にコンピュータ会社で勤務できるまでに回復した」という。
がんである以上、完治はありえず、常に再発の危険性はある。しかし、サリドマイド、レナリドミドを初めとする最新の治療薬を早期に使うことで、平均余命が倍以上に伸び、車椅子生活から日常生活まで回復できるほどに劇的な回復が望めるようになったことも事実だ。多発性骨髄腫は、高齢化の進展に伴い今後ますます患者数が増えてくるものと見られている。早期発見、早期治療のためにも、「長引く腰痛には血液検査」を新常識にした方が良いのかもしれない。(有)