今年5月22日、産婦人科のクリニックや助産院などの分娩施設と妊産婦が共同で、日本医療機能評価機構を相手取って、産科医療補償制度の掛け金返還を求める和解の仲介申請を国民生活センターに行った。

 産科医療補償制度は、訴訟の増加によって進んだ深刻な分娩施設の減少に歯止めをかけるために、2009年1月に導入された。分娩に際しては、赤ちゃんが脳性麻痺になるなど思わぬ事態が起こることもある。そうした場合に、速やかに補償金を支払うことで訴訟を減らし、分娩機関の負担を減らすのが当初の目的だった。

 補償の対象になるのは、「出生体重2000g以上で在胎週数33週以上」「在胎週数28週以上で所定の要件に該当」した赤ちゃんで、身体障害者手帳1級、2級相当の重度の脳性麻痺が発症した場合。もらえる補償金は、20年間で3000万円(一時金600万円、分割金2400万円)となっている。

 補償を受けるための保険料(掛け金)は、1回の分娩につき3万円で分娩機関が負担する。この費用を手当するために、同制度に加入している産科クリニックや助産院で分娩する妊産婦に対しては、健康保険から出産育児一時金39万円に、保険料分の3万円を加えて給付することも法律で決められた。

 このように、産科医療補償制度は税金や健康保険料で支えられている公益性の高いものだが、集めた保険料の剰余金、運用益をめぐっては以前から批判が沸き起こっていた。

 制度の運営を行っているのが、今回、保険料の返還を求められた日本医療機能評価機構だ。分娩機関は同機構を通じて保険料を支払い、損害保険5社のいずれかと契約を結ぶ。

 この制度ができたとき、補償対象となる重度脳性麻痺児は年間500〜800人と予測されていた。しかし、対象患者を絞ったため、実際に補償金が支払われているのは年間200人程度。毎年300億円程度の保険料が集められるが、1事故あたりに支払われる補償金は20年間で3000万円なので、その子どもたちに支払われるのは合計60億円程度。毎年200億円強の剰余金が発生している計算になる。

 発足から5年が経過し、現在では約1000億円が積み上がっていると見られるが、この剰余金は同機構と損保会社の利益として分配されるルールとなっているのだ。また、損保会社が預かった保険料を運用している間の利益も、制度の発足から5年で10億円程度あるとみられている。そのため、7月25日に行われた厚労省の社会保障審議会医療保険部会でも、支払い側の委員から「保険会社を儲けさせるために、この制度を運用しているのか」との批判が上がったのだ。

 産科医療補償制度の他に、国と損保会社が一体となって補償を行っているものに地震保険、自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)があるが、こちらはノーロスノープロフィットの商品だ。損保会社には、保険料徴収の手数料、保険金支払いのための調査費などの実費は支払われるが、集めた保険料は保険金支払いのためにすべて積み立てられ、損保会社に利益は入らない仕組みになっている。

 産科医療補償制度の保険料も、もとを正せば税金と健康保険料だ。多くの国民から集めた公共性の高いものなのだから、ノーロスノープロフィットに見直すのは必然のことだ。

 こうした無駄な剰余金を1000億円も積み立てている一方で、国は来年4月から70〜74歳の窓口負担を引き上げるなど負担増の政策をとろうとしている。健康保険料を原資とした保険料を、保険会社の利益に回す現在の仕組みはどう考えても理解は得られない。

 産科医療補償制度は、訴訟を減らして産科医の減少に歯止めをかけることを目的としたもので、この制度の発足後は一定の評価も得ている。同機構が、補償対象となった子どもの親に行ったアンケートでは「この制度があってよかった」と答えた人が9割に上る。

 その制度の信頼を失わないためにも、「実際の支払いに見合った保険料に引き下げる」「補償される対象範囲を拡大する」など、誰もが納得できる制度への転換が必要だ。


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早川 幸子(はやかわ ゆきこ)

 1968年千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。フリーライター。編集プロダクションを経て、99年に独立。これまでに女性週刊誌などに医療や節約の記事を、日本経済新聞に社会保障の記事を寄稿。現在、朝日新聞be土曜版で「お金のミカタ」、ダイヤモンド・オンラインで「知らないと損する!医療費の裏ワザと落とし穴」を連載中。2008年から、ファイナンシャルプランナーの内藤眞弓さんと「日本の医療を守る市民の会」を主宰している。