厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会では、現在、健康保険の高額療養費の上限額を見直すことが議論されている。
高額療養費は、高額な医療費がかかった患者の負担を軽減するために設けられている制度で、1カ月に自己負担した医療費が一定額を超えると払い戻しを受けられるというもの。上限額は、現在は所得に応じて次のように3段階に分かれている(70歳未満の人の場合)。
○上位所得者(月収53万円以上)
15万円+(医療費の総額-50万円)×1%
○一般(月収53万円未満)
8万100円+(医療費の総額-26万7000円)×1%
○低位所得者(住民税非課税世帯)
3万5400円
たとえば、入院や手術をして医療費の総額が100万円かかった場合、上位所得者は15万5000円、一般は8万7430円、低位所得者は3万5400円が自己負担の上限額だ。医療費が高額になった月が、直近1年以内に3回以上になると4回目からは、さらに上限額が引き下げられる多数回該当という制度もある。
このように医療費が高額になった場合も、際限なく医療費がかかることはないが、所得区分が「一般」の人の年収の幅が大きいため、中低所得層の負担が重いということが以前から指摘されていた。そこで、所得区分を細分化し、中低所得層の限度額を引き下げる代わりに、高所得層は引き上げることで財政のバランスをとる案が打ち出されている。
この見直しは、「給付は高齢世代中心、負担は現役世代中心」というこれまでの社会保障の構造を見直し、全世代が「能力に応じて負担」していくことを求めた社会保障制度改革国民会議の報告書を受けて、厚労省が提示したものだ。一部報道によれば、現在、所得が一般に区分される人の中には1カ月の限度額が4万4000円〜5万7600円になる人もいる一方で、高所得層は25万〜30円程度まで引き上げられるという話も出ている。
だが、低所得層への配慮が行われるのは当然としても、高所得層の一部負担金をここまで引き上げるのは理解を得られるだろうか。日本で半世紀に渡って国民皆保険が維持されてきたのは、強制加入の仕組みにしているのと同時に、健康保険制度への信頼があるからだ。国民は、病気やケガをしたときは少ない負担で医療にかかれることを期待しているし、それを実際に体験してきた。
高所得層も収入に応じて一定割合の保険料は納めているのに、医療費に月25万〜30万円もかかるのは、経済的な負担もさることながら、保険としての魅力が失われ、信頼を崩すことになりはしまいか。
「患者」という存在になったとき、負担能力に高いも低いもない。本来、「能力に応じた負担」は、一国民としての立場で図られるべきで、保険料や税金の徴収の場面で行うのが筋というものだ。
だが、高額療養費の他にも患者負担の増額が次々と検討されている。これまで何度も引き上げの俎上にのぼってきたのは
①入院の食事療養費を全額自己負担にする
②外来受診時に患者から一律100円を徴収する
③外来受診時に1回500〜1000円は健康保険の免責にする
などだ。
以前にも本コラムで指摘したが、患者負担を引き上げると、お金がない人は医療を受けられないため受診抑制にもつながり、一時的には医療費は削減する。だが、具合が悪くてもお金がなくて医療にかかれなくなるため、病気やケガをきっかけに社会に参加できなくなる人が増える可能性もある。その結果、物を買ったり、企業で働いたりする人が減ってしまい、経済にも悪循環をもたらす。そうした社会的排除を受けた人々の医療費は、公費(税金)で賄うことになるため、結果的に国の財政に悪影響を与えることになるのだ。
高額療養費の具体的な見直し案は、9月7日の医療保険部会で示される予定だが、「応能負担」の本来の意義に立ち返った議論が行われることを期待したい。
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早川 幸子(はやかわ ゆきこ)
1968年千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。フリーライター。編集プロダクションを経て、99年に独立。これまでに女性週刊誌などに医療や節約の記事を、日本経済新聞に社会保障の記事を寄稿。現在、朝日新聞be土曜版で「お金のミカタ」、ダイヤモンド・オンラインで「知らないと損する!医療費の裏ワザと落とし穴」を連載中。2008年から、ファイナンシャルプランナーの内藤眞弓さんと「日本の医療を守る市民の会」を主宰している。