国立病院機構大阪医療センター感染症内科
医長
西田恭治氏


EFPIA Japan血液製剤委員会
委員長
宮川真琴氏


 タイトルは少々盛っているが、全くの嘘ではない。現在我が国では、献血が100%利用し尽くされていないことは事実であり、多くの発展途上国に20歳まで生きられない血友病患者が溢れていることも事実であり、これを救う手立てとして献血から作られる血漿分画製剤を海外無償提供することが有効であろうことも事実である。


 では現状ではどうなっているのか? これが今回取材した欧州製薬団体連合会血液製剤メディアセミナー『国内献血の有効利用と国際貢献〜海外無償提供の課題と対策〜』のテーマだ。演者は国立病院機構大阪医療センター感染症内科・西田恭治医長。


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 血友病は比較的古くから知られているメジャーな疾患です。X連鎖性(伴性)劣性遺伝の遺伝形式による先天性血液凝固障害で、「血が止まりにくい」という症状が出ます。患者は男性のみで、その比率は5千人から1万人に1人の割合。女性は一切発症しませんが、疾患の保因者となります。

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 歴史上、最も有名な血友病の家系といえば、ヴィクトリア女王とその一族だろう。19世紀のヨーロッパ協調体制の時代、イギリス王室は欧州各国の王族と通婚関係を結んだ。このうち次女のアリス(ヘッセン大公ルートヴィヒ4世と結婚)の子供は、次男(ヘッセン大公子フリードリヒ)が血友病により3歳で早世。四女であるアリックスは、ロシア皇帝ニコライ2世と結婚したが、その息子であるアレクセイ皇太子が血友病を患った。その他にも末子ベアトリスの次男(レオポルド・マウントバッテン)が血友病で早世するなど、多くの子孫が発症した。


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 一般的な血友病のイメージといえば、「ケガをしても血が止まらない」「鼻血がなかなか止まらない」といったものでしょう。しかし、こうした出血症状は、何も外傷に限ったものではありません。血友病の恐ろしいところは、関節内や筋肉内で出血症状が起きたとき、これが止まらないことにあります。結果、出血が膝や足首などに滞留して大きく膨らんで、関節や筋肉を圧迫。これにより関節障害を引き起こします(注:具体的なイメージは、検索サイトで『hemophilia knee joint』のキーワードで画像検索した結果を参照のこと)。


 それだけに血友病は、昔から厄介な病気として捉えられてきました。実際、私が医学生だった70年代までは、医学書にも「血友病患者が20代まで生存することは稀である」と書かれていました。これが常識だったんですね。


 この常識が変わってきたのは、60年代に凝固因子製剤が登場してからのことです。以来、濃縮製剤や遺伝子組み換え製剤などの開発により、血友病は治療できる病気となりました。現在では、より効果的・安全な製剤の処方が確立されたことで、血友病患者の平均死亡年齢も一般成人男性に近くなっています。

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 血友病患者は成人できないのが当たり前という時代から半世紀たち、凝固因子製剤(=血漿分画製剤)のトレンドは、献血された血液を元に製造される「血漿由来製剤」から、血液を一切使用せずに作られる「遺伝子組み換え製剤」へと移り変わってきている。


 実際、日本における血液凝固第Ⅷ因子製剤の供給量と国内血漿由来製剤の割合について見ると、平成14年度にはほぼ半分ずつであった国内血漿由来製剤と遺伝子組み換え製剤との比率は、平成22年度になると遺伝子組み換え製剤が8割を占めるまでになっている。近年では、「国内血漿由来製剤の割合は、20%に満たない」(西田医長)という。


 その結果、献血された血液から作られる血漿分画製剤は、需要減少により減産されているそうだ。


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 現在、日本赤十字社の献血血漿から造られるⅧ因子製剤(クロスエイトM)は、遺伝子組み換え製剤の台頭に伴う需要減少により減産されています。原料、生産能力とも何千万単位というレベルで余剰があるにも関わらず、です。もし、製造設備をフル稼働させて原料を使いきり、クロスエイトMを生産すれば、年間何千万単位ものクロスエイトMを造り出せます。そして、それだけのクロスエイトMがあれば、発展途上国の血友病患者の多くの生命を救えるんですね。


 世界血友病連盟(WFH)の調査によると、世界における全血友病患者——世界の男性人口の1/1000程度——の70%は診断すらされておらず、診断された血友病患者の75%は治療を受けていないとされています。2011年におけるアジア・太平洋地域の人口一人あたりの血漿分画製剤の使用単位数を見ると、日本、オーストラリア、韓国、ニュージーランドは3〜7単位と豊富に使われていましたが、フィリピン、タイ、ベトナム、インド、バングラディシュでは0.07〜0.01単位しか使われていないことが明らかになっています。人口一人当たり1単位使われていれば生命維持できるレベルとされる調査で、このような結果が出ているのです。こうした発展途上国に、もし何千万単位ものクロスエイトMを寄付できれば、血友病治療という観点で劇的なインパクトがあるといえるでしょう。

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 ではなぜ日本は血漿分画製剤を輸出(寄付)しないのか? 理由は1966年に出された『輸出貿易管理令』という政令にある。元々の趣旨は、「武器に転用できる物資を国外に漏出させない」ことにあった。しかし、政令が出された当時はベトナム戦争の渦中にあり、かつ、反戦運動に積極的に取り組んでいた社会党が野党として大きな存在感を発揮していた。すなわち、「血漿分画製剤の輸出は、ベトナム戦争の後方支援に当たる」という野党の理屈から、輸出貿易管理令の対象とされたということだ。


 幸い、このような“非常識”な見解は改められつつあり、厚生労働省にも日赤にも血漿分画製剤の輸出(寄付)に断然反対する——という空気はないという。また、献血者へのアンケート調査でも、血漿分画製剤の輸出に対して70%以上が賛成するという結果が出ているなど、国民の理解を得られつつあるようだ。


 ここで素朴な疑問が一つ。遺伝子組み換え製剤の需要が増えたからといって、なぜ、クロスエイトMは減産されなければならないのだろうか? そもそも遺伝子組み換え製剤がここまで普及した理由はどこにあるのだろうか?


 この疑問に答えてくれたのは、EFPIA Japan血液製剤委員会の宮川真琴委員長(演題は『海外無償提供の課題と対策〜〜事業者の視点から』)


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 血漿分画製剤は、原料である血液から様々な製剤へと分画されて造られます。具体的には、アルブミン、静注免疫グロブリン、アンチトロンピンⅢ、第Ⅷ因子、第Ⅸ因子、第Ⅶa因子へと分画されます。これらの製剤は、全て一緒に作ったときに最も効率よく製造でき、一部の製剤を作らなかったときには無駄が出ます。

 また、静注免疫グロブリン以外の血漿分画製剤は、全て遺伝子組み換え技術が確立しているので、必ずしも血液を原料とする必要がないという事情もあります。つまり、日本における血漿分画製剤の製造は、「血液を原料にせざるを得ない静注免疫グロブリンの製造量を基準に、その他の製剤を製造している」ということです。


 実際、平成25年度の国内原料血漿供給予定量92万リットルのうち、静注免疫グロブリンの生産予定量は2.5g製剤177万本で、利用率は107%となっています。一方、アンチトロンピンⅢの生産予定量は1500単位製剤14.8万本で、利用率は48%に留まっています。


 つまり、静注免疫グロブリン以外の製剤は遺伝子組み換え製剤で代替できるので、血液を原料とした血漿分画製剤に依存する必要がありません。作ったとしても使われないのであれば無駄になります。だから減産しているわけなんですね。結果、今回のテーマとして取り上げているクロスエイトMなどは、原料、生産能力をフルに活用すれば、国内需要より1.5倍(約4612万単位)ほど製造できるのですが、いかんせんそこまでの需要がないため減産されているのです。

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 クロスエイトMの国内需要が少ないのは、遺伝子組み換え製剤に市場を席巻されているためだ。コスト、安全性の面でほとんど差はないものの、献血由来製剤については、「近年において献血由来製剤によるウイルス感染事故が起こったことはないにも関わらず、HIVやC型肝炎感染などの可能性を疑われ、嫌われている」(宮川委員長)という患者サイドの“安全信仰”もあって、平成14年を境に遺伝子組み換え製剤と需要が逆転。現在では供給量の8割近くが遺伝子組み換え製剤となっている。


 こうした事情はともあれ、現在まで減産が続いているなかでは、「献血を無駄にせず、世界の発展途上国のために生産、寄付してもいいのではないか?」という声が上がってくるのは、当然といえば当然のことだろう。


 発展途上国にとって、血液製剤の事業化は極めてハードルが高い。その理由としては——


・人口規模が小さく、献血による原料確保がままならない
・最低30万リッター規模の分画能力が必要とされる巨大工場を建設・運営できない
・血漿成分から他種類の製剤を連産する技術力がない
・製造工程での高い安全性と高収率が確保できる最新技術がない


——といったものだ。例えばシンガポールであれば、技術力では問題なさそうに見えるが「人口規模が小さくて血液事業が成り立たない」(宮川委員長)とのこと。結局、先進国でなければ血漿分画製剤の製造は不可能ということだ。


 献血で集められた血液を最後の一滴まで利用し尽くし、国内の生産設備をフル稼働させることで多くの意血漿分画製剤を作り、これを海外に輸出するする——。20歳まで生きられない血友病患者が大多数を占める発展途上国への貢献としては、実にインパクトのある施策といえよう。現時点では、厚労省、日赤とも具体的なアクションを起こしているわけではないが、こうした動きに発破をかける意味でも、EFPIA Japanのアクションに賛同の声を上げていくべきときなのかも知れない。(有)