宮浦徹・日本眼科医会理事


 日本眼科医会では、平成22、23年度の2年間に渡って『先天色覚異常の受診者に関する実態調査』を行いました。調査は、全国657眼科医療機関に、先天色覚異常の受診者に関わる報告書を事前送付し、FAXにて回収。報告書から得られたデータを集計する方法により行いました。報告書の回収件数は941件で、診療所1つ当たりの受診件数は年間0.7件でした。


 調査結果の概要は以下のとおりです。


①受診者の性別は男性が96.5%


 ②受診動機では、小学生では学校健診が69.4%、中学生でも学校健診が44.9%と多かったが、高校生では進学のための受診が45.7%に上った。


③本人及び保護者の色覚異常の認知では、小学生で62.6%、中学生で45.3%、高校生で45.5%が「気づいていなかった」


 この結果からわかることは、小学校での色覚異常健診を行わなくなった結果、先天色覚異常を持つ中高校生の約半数が、「自分の色覚がおかしい」ことに気づかなくなったということです。


 色覚異常の子供のうち、未就学児ではゲーム機の充電色(満タンで黄緑、要充電で橙)の区別がつかなかったり、お絵かきで顔に緑色を塗ったり、黄緑を橙に、灰色をピンクに塗ったり、色の間違いを兄弟に指摘されて喧嘩になったりするケースが報告されています。これで周囲の大人が色覚異常に気づけば良いのですが、「ちょっと変わった子」「ふざけた子」と見られてしまい、異常を見過ごされてしまうケースも多くあります。


 小学校においては、黒板の赤いチョークが読めないという問題が未だに報告されています。色覚異常の健診をやめたことで、色のバリアフリー化が進んでいればこうしたことは起きないはずなんですが、現状では問題は放置されてままのようです。また、未就学児や小学校低学年の子供の場合、自分の感覚が他と異なることに気づかず、感じたままを表現した結果、先生から怒られる——といった理不尽な扱いを受けることも少なくありません。これも教師の色覚異常に対する意識が高ければ起き得ない問題なんですが……。


 中学校以降になると、美術の授業で茶と緑が区別できないといったことや、微妙な色の違いがわからないといったことから、自らの色覚異常を自覚することが多くなります。日常生活においては、「犬やハンバーグの色を緑と感じる」「トマトの熟した赤と熟していない緑の区別がつけられない」「肉の焼け具合が判別できず生肉を食べる」といったことが起きます。それでも前述の調査結果通り、約半数の生徒は異常に気づかないんですね。


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 色覚異常で務まらない仕事は案外多い。例えば広告デザイナーや料理人などは、素材の色や鮮度がわからなければ一流にはなれない。その他、クリーニングや農業、変わったところでは冠婚葬祭関係の仕事など、特別な資格が必要とされない職種でも、微妙な色の判別が必要とされる。超人的な努力によって克服できなくはないのだろうが、それでも色覚異常のない人と比べれば明らかにハンデを負っているといっていい(逆に色覚異常が一切問われない仕事は、一般的な事務業務やライター、音楽家、個人競技のスポーツ選手などだろうか)。


 小学生……遅くとも中学生までに自らの色覚異常を把握していれば、自らの“特性”に合った夢に向けて努力——進路変更だけでなく、色覚異常というハンデを乗り越えるべく努力することも含む——することもできるのだろう。しかし、事実上、色覚検査が廃止となったいまとなっては、色覚異常を持つ生徒の約半数が色覚異常を自覚していないのだ。


 実際、自分の目に見えるものがおかしいと自覚することは極めて難しい。なぜなら、他人の目を通して見ることが不可能であり、自分の見え方と他人の見え方を比較できないからだ。「例えば夕陽は何色に見えるかを訊けばわかるのではないか?」と言う人もいるが、この問いには意味がない。なぜなら夕陽は、血やポストと同じように「赤い色」という知識があれば、間違いなく答えられるわけで、それだけで異常か否かは全くわからない。石原式なりパネルD15なりの正式な検査で、微妙な色が見分けられるか否かを客観的に測定することでしか、以上か否かを確定的に知ることはできないのだ。


 これを事実上“廃止”した結果、無駄な努力とトラブルだけが増えただけでなく、学校でのバリアフリー化も進まず、色覚検査により辛うじて残っていたであろう「教師の色覚異常への意識や配慮」も雲散霧消してしまっているのが、2013年における教育現場の現状なのだろう。人権や差別、日教組の罪については敢えて言及しないが、日本眼科医会の調査で明らかになった今日の事態は、「過ぎたるは及ばざるが如し」という故事を地で行く展開なのではないだろうか?(有)