白玉の 歯にしみとおる 秋の夜は
   酒は静かに 飲むべかりけり(若山牧水)


「明鏡止水」の心境であろうか。お酒を好きな人にとって、とくに飲む理由はいらない。独酌でいい。月を賞(め)でるも、虫の声に耳を澄ますも、自由気侭(きまま)でいい。


 四季折々に飲む理由は見つかる。花見、暑気払い、月見、雪見。これが宴となると喧噪となる。東京オリンピックのプレゼンテーションで一躍有名になった言葉に「おもてなし」がある。いわゆる接待である。中国語ではこれを「ジエタイ」と発音する。やまと言葉でいうと、おもてなしとなる。ここでジョークが生まれる。「おもてなし」なら「ウラがある」。


 接吻は「ジエフェン」と発音する。文語体では「呂の字を書く」と表現することがある。呂という字は、口(くち)と口とがつながっている。「大飯店」はホテルで、「飯店」はレストランのことである。飯店のカウンターに若い2人が並んで座っている。いかにもアツアツの雰囲気である。今まさに呂の字を書こうかという時に料理が出てきた。二者択一で迷う。チューか料理か。


 盛唐(712-765)の詩人・李白は「酒仙」の名をほしいままにした。「一杯一杯復一杯」という詩の一節が、日本酒のCMに使われたこともある。昔の中国の小噺がある。居酒屋に現れた1人の男、お銚子は1本なのにお猪口は2つ頼んだ。お酒を注いで、2つのお猪口をかわるがわる飲んでいる。店の主人がいぶかしく思って理由を聞いた。すると「仲の良い友人が辺境の地へ左遷されてしまった。そこで彼の分と交互に飲んでいるのだ。おそらく彼もこうしているだろう」という返事だった。そのうちお猪口が1つになった。店の主人が心配になって「お友だちがご不幸な目に遭われたのか」と聞いた。「いや元気だよ」との返事。「じゃあなぜお猪口が1つになったんですか」と聞くと、「ああこれか、俺が禁酒したんだ」


 世の中は 酒と女が 敵(かたき)なり
   どうぞ敵に めぐり合いたい(蜀山人)


 酒好きの煩悩たっぷりの男の心境をズバリ言い表している。


 酒断ちも 破れ衣に なりにけり
   やれついでくれ それさしてくれ(蜀山人)


 まさに三日坊主、いや一日坊主かもしれない。せっかく禁酒を思い立っても、すぐに決意がゆらいでしまう。


 学生野球の父といわれている飛田穂州先生の逸話である。旧制水戸高校から早稲田大学へ入学した(筆者が学生時代、ご存命であった)。夏休みに帰郷すると、恩師や旧友と連日連夜の酒宴となった。酒は好きなほうではなく、量も飲めないので、時には苦痛に思えることもあった。なんで自分はこんな思いをしてまで酒席にいるのかと自問自答した。こういう席が決して嫌なわけではない。むしろ楽しい。この上なくうれしいと思う。そこではたと気がついた。「自分は酒を肴に、友情を飲んでいるのだ」と。

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松井 寿一(まつい じゅいち)

 1936年東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業。医療ジャーナリスト。イナホ代表取締役。薬業時報社(現じほう)の記者として国会、厚生省や製薬企業などを幅広く取材。同社編集局長を経て1988年に退社。翌年、イナホを設立し、フリーの医療ジャーナリストとして取材、講演などを行なうかたわら、TBSラジオ「松チャンの健康歳時記」のパーソナリティを4年間つとめるなど番組にも多数出演。日常生活における笑いの重要性を説いている。著書に「薬の社会誌」(丸善ライブラリー)、「薬の文化誌」(同)などがある