秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども
風の音にぞ 驚かれぬる(藤原敏行)
古今和歌集に載っている。よく知られている歌である。猛暑日が続き、41度という最高気温が3度も記録されるなど、さしもの「日本熱島」も、季節が移れば涼風が立つ。「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉を実感させられた。
風の音の音という意味は、ゴォーッという強風や、サヤサヤという微風など、いわゆる耳で聴く音ではなく、ヒンヤリという涼風の肌で感じる音なのであろう。
コスモスの花が揺れ、ススキの穂が揺れ、赤とんぼがその上を飛んでいるのは、まさに秋の風物詩である。
くろがねの 秋の風鈴 鳴りにけり(飯田蛇笏)
暑いけれど、もう秋だ。チリンと風鈴が鳴っている。その音色を聴いていると、なんとも寂しくやるせない気持ちである。石寒太さんの解説である。
秋のはじめというのは、暑さがぶり返したり、急に気温が下がって寒くなったりする変わり目に体調を崩す人が多いので、要注意である。
秋風の 吹きわたりけり 人の顔(上島鬼貫)
野の中を友人と吟行(ぎんこう)している時に読んだ歌という。顔にあたる風に秋を感じながら歩いているのだろう。
「風天—渥美清のうた」という本がある。故森英介さん(毎日新聞)が編んだ。寅さんが俳句を作っていると知って、あちこち取材をして回った。その結果、「話の特集句会」、「トリの会」、「アエラ句会」、「たまご句会」に顔を出していたことがわかり、全俳句を一冊にまとめた。全部で233句ある。森さんは「風天忌」を立ち上げたといっていた。寅さんファンクラブ会長である不肖・筆者に相談をもちかけてきた。ファンクラブ有志は毎年、8月4日の命日の前後の土曜日に墓参り(新宿・源慶寺)と偲ぶ会を催してきている。それに「風天忌」と命名しようということだったが、肝心の森さんが急逝してしまった。
朝寝して 寝返りうてば 昼寝かな(風天)
たまご句会で詠まれたものだという。「俳句鑑賞450番勝負」を著わした中村裕さんがその時のことを次のように語っている。
「朝寝は春、昼寝は夏の季語だから二季にまたがったスケールの大きな句。春の5月4日に朝寝をし、そのまま立夏の5日の昼まで寝てしまったのか、そのあたりの俳諧的な味わいで忘れがたい作品。ほとくが素人のその句会ではあまり点が入らなかったが、寅さんなかなかやるじゃないかと思ったものです」
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松井 寿一(まつい じゅいち)
1936年東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業。医療ジャーナリスト。イナホ代表取締役。薬業時報社(現じほう)の記者として国会、厚生省や製薬企業などを幅広く取材。同社編集局長を経て1988年に退社。翌年、イナホを設立し、フリーの医療ジャーナリストとして取材、講演などを行なうかたわら、TBSラジオ「松チャンの健康歳時記」のパーソナリティを4年間つとめるなど番組にも多数出演。日常生活における笑いの重要性を説いている。著書に「薬の社会誌」(丸善ライブラリー)、「薬の文化誌」(同)などがある