戦国の混乱に終止符を打った徳川家康が天下を取った最大の理由は長命だったことではないか。50歳が寿命と目されていた当時、最大のライバルだった豊臣秀吉が61歳で没したのに対し、家康は73歳まで生き延びた。


 歴史に「If」は禁物だが、もし家康が早く寿命を迎えていれば、その後の歴史は大きく変わったに違いない。


 しかし、家康が長生きしたと言っても、現在で言えば前期高齢者に過ぎない。医療技術の発展や国民皆保険制度の定着などを受けて、日本人男性の平均寿命は2012年現在で男性79.94歳、女性86.41歳まで長くなった。


 その割に制度の見直しは進んでおらず、平均寿命が短かった頃の仕組みを踏襲している。長寿命化と少子化を迎えた今、単純に年齢だけで「高齢者」と定義する考え方自体を考え直すべき時を迎えている。


源流は老人医療費の無料化


「年齢で差別する制度を廃止して医療制度の信頼を高める」—。75歳以上を対象とした後期高齢者医療制度について、民主党が2009年総選挙マニフェスト(政権公約)でうたった文言である。しかし、後期高齢者医療制度に限らず、多くの社会保障制度は年齢で区切っている。


 最も明確な線引きは65歳。老齢基礎年金の受給権が得られる上、前期高齢者と介護保険第1号被保険者に移行する。さらに、障害者総合支援法の利用者も原則として65歳未満に限定しており、その後は介護保険に移行するのが原則だ。70〜74歳の場合、医療費の窓口負担を原則2割から1割に減免する線引きもある。


 年金制度を別にすると、年齢で区分した最初の制度は1973年1月からスタートした老人医療費の無料化であろう。革新自治体の進出に危機感を覚えた田中角栄政権は当時、美濃部亮吉知事時代の東京都が実施していた政策を「横取り」して全国展開し、70歳以上の医療費を無料化した。


 しかし、医療費の高騰を招いたため、政府は方向転換。1983年2月から70歳以上(後に75歳以上)を対象とした「老人保健制度」を導入し、国と地方自治体の税金30%(同50%)、保険者の拠出金70%(同50%)で確保するとともに、高齢者の自己負担を取り入れた。その後、老人保健制度を改組する形で、後期高齢者医療制度が2008年度に発足したが、保険料の天引きなど導入当初の混乱が批判を招き、民主党への政権交代の導火線になったのは記憶に新しいところである。


 しかし、年齢で差別する仕組みとは後期高齢者医療制度に限った話ではない。むしろ、後期高齢者医療を巡る問題の本質は年齢による差別ではなく、「高齢化で増大する高齢者医療費をどうするか?」「高齢者医療費を多く負担している国民健康保険制度をどうするか?」「リスクの高い75歳以上高齢者だけを想定した保険制度の持続可能性は?」といった点を問うべきだったのだ。


 結局、民主党政権は「年齢で差別しない制度」に切り替えることに専念する余り、小手先の制度論だけを追っ掛けた挙句、ほとんど見直しを進められず下野。再度の政権交代後に公表された社会保障制度改革国民会議報告書は後期高齢者医療制度について、大した論議もないまま、「創設から既に5 年が経過し、現在では十分定着していると考えられる」と結論付けるとともに、現役世代の加入する医療保険からの支援金を報酬に応じた総報酬割にする制度改正をうたった。


年齢から能力に


 その点で言えば、社会保障制度改革国民会議報告書は「年齢別から負担能力別に負担の在り方を切り替え、資産を含め負担能力に応じて負担する仕組みとしていくべきである」「健康寿命が延伸することを踏まえ、高齢者が培ってきた知識や経験を活かせるよう、意欲と能力がある限り、年齢にかかわりなく、働くことができる社会の実現に向けた取組が必要」と指摘しており、長寿命化と少子化を迎える社会構造の変化を踏まえた内容となっている。


 報告書を受けて、厚生労働省は1割負担となっている介護保険制度について、所得に着目した自己負担額の引き上げを検討している。さらに、特別養護老人ホームなどに入居する高齢者の滞在費・食費を支援する「補足給付」についても、収入だけでなく資産に着目する方策が議論されている。所得や保有資産の把握など実務面に課題が多いが、年齢ではなく能力に着目する考え方は重要と思われる。



 確かに全ての高齢者が負担に耐えられるとは思えない。厚生労働省の2012年版国民生活基礎調査によると、65歳以上の所得は全世帯平均(548.2万円)を下回っており、65歳以上で見ても427.2万円にとどまる。今後、年金の給付額を自動的に抑制する「マクロ経済スライド」が発動されれば、生活に困窮する高齢者が増える可能性も想定されるだけに、高齢者就業を充実させる観点が欠かせない。


 その一方で、65歳以上で単純に区切られた年齢層を一律に「弱者」と見做すのではなく、負担できる人に応分の負担を求めることも不可欠になりつつある。現在の財政状況や今後の少子高齢化を考えれば、全ての「高齢者」を救うことは最早、難しくなっている現実を直視するべきではないか。


------------------------------------------------------------
丘山 源(おかやま げん)


早稲田大学卒業後、大手メディアで政策プロセスや地方行政の実態を約15年間取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている