酒を飲んでいれば誰もがなる可能性のあるアルコール依存症。


「毎日浴びるほど飲む奴がなるものだろ?」


「アル中は自己責任。オレはならない」


 と、とかく軽く見られがちな病気だが、アルコールを摂取している以上、一定の確率で発症する精神疾患であることは、あまり良く知られていないようだ。毎日かつたくさん飲んでいれば発症する確率が高くなり、そうでなければ低くなるだけであって、全ての飲酒者が「アルコール依存症の潜在的患者」であることは紛うことなき事実である。


 今回取り上げるのは、そんなアルコール依存症の現状と治療の最前線についてのセミナー。前編の演者はアルコール健康障害対策基本法推進ネットワークの今成知美事務局長。演題は『アルコール健康障害対策基本法の動向』


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 日本はアルコールに対して極めて寛容な国です。「飲みニュケーション」の言葉に代表される酒席、お酌の伝統や、酒に強いことが美徳であり、酒席の無礼講がどこにでも見られる飲酒文化。ストレス解消、睡眠薬代わりに毎日飲まれ、24時間どこでも安価に購入でき、かつ四六時中コマーシャルが流されています。私たちは当たり前のことと思っていますが、ここまでアルコールに対して寛容であることは、世界的に見ると独特といえます。それこそアルコールの販売一つをとっても、日本以外の先進国ではアルコールの販売には様々な規制があるのが普通です。また、発展途上国ではアルコールを安価に買うことはできません。


 結果、日本では多量飲酒者(1日平均純アルコール60g以上摂取。ビール換算で中ビン3本)が860万人、アルコール依存症者とその予備軍は440万人、治療を要するアルコール依存症患者は80万人を数えるまでに増えて来ています。ただし、治療を必要とするアルコール依存症患者が80万人もいるにも関わらず、治療している患者は4万人程度に過ぎません(数字は全て厚労省患者調査の推計)。


 なぜここまで治療を受けている患者が少ないのでしょうか? その背景には、アルコールに対しては寛容であるものの、アルコール依存症患者に対しては極めて厳格であるという日本のアルコール文化があるといえましょう。精神疾患であるアルコール依存症の患者を“社会で守る”のではなく、「アル中になったのは個人の問題」「自業自得であり社会が面倒を見る必要なし」「意志が弱くだらしない」「酒に呑まれる未熟者でモラルがない」etcと、“社会から排除”する傾向にあるんですね。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 アルコールに寛容であるが故にアルコール依存症患者が増え続け、アルコール依存症患者に厳格であるが故に受診・治療する患者が少なく、孤独死や自殺、事故死する人が多い——ということなのだろう。実際、アルコール関連死亡者数は年間3万5千人と推計されている。自殺者の2割、中高年鬱患者の3割がアルコール依存症患者とも言われており、その社会的損失は年間4兆1483億円という(数字は全て厚労省研究班推計)。平成23年度の酒税課税額は1兆3687億円である。社会的損失は「酒税の3倍」に相当するといえよう。


 なお、ランセットに掲載された2010年の論文(David Nutt : harms in UK : a multicriteria decision analysis)によると、アルコールは、ヘロインやコカイン、メタンフェタミンなどの禁止薬物を抑えて「最も有害な薬物」と認定されている。効果や依存性など、あらゆる点で最悪の麻薬であるヘロイン——70〜80年代の刑事ドラマの視聴者にとっては、「身を持ち崩した麻薬患者=ペー中(ヘロイン中毒者の警察隠語)」という認識だろう——よりも有害な薬物ということは、多くの人にとって意外なことではないだろうか。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 2010年、WHOは第63回総会で『アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略』を採択しました。加盟各国にアルコールの有害使用対策を講じることを求めるものです。2013年の第66回総会では、アルコール有害使用は非感染性疾患の4大リスクの1つとして位置づけられています。この結果、加盟各国は「2020年までにアルコール消費量を10%低減する」という目標に加え

①人口1人当たりの総アルコール消費量の削減
②一時的大量飲酒傾向の削減、③飲酒に起因する罹病率・死亡率の削減


——という3つの目標のうち1つを選択して、目標達成に向けて努力することが決まりました。いまや世界的に「飲み過ぎはマズイ」という共通認識が出来つつあるといえましょう。

 私たちが目指している『アルコール健康障害対策基本法』の制定に向けた運動は、深刻なアルコール禍の是正だけでなく、こうした「飲み過ぎはマズイ」という、世界的潮流に沿った活動でもあります。


 私たち『アルコール健康障害対策基本法推進ネットワーク』は、2012年5月に、アルコール3学会と日本アルコール問題連絡協議会の合作により設立されました。同時に超党派の『アルコール問題議員連盟』(中谷元会長。2013年10月1日時点で90人)へ働きかけ、2012年11月14日に『アルコール健康障害対策基本法』の骨子案、2013年6月25日には法案をまとめました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『アルコール健康障害対策基本法』という単語を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、1920年にアメリカで施行された禁酒法だ。世紀の悪法として歴史に名を残した禁酒法は、飲用アルコールの製造、販売、流通を全面的に禁止するというラディカルな法律だったが、今回俎上に載せられている『アルコール健康障害対策基本法』は、そこまで無茶な法律ではない。


 そのコンセプトは——


①WHOの考え方に沿って「アルコールの有害な使用の低減」をめざす
②最新のエビデンスを基本にした対策を行なう
③一次予防(発生予防)として、「教育・啓発・研修の充実」と「国によるアルコールの社会規制システムづくり」をめざす
④二次予防(進行予防)、三次予防(再発予防)として、省庁横断的な「総合的で連携した対策」をめざす
⑤地域における「関係機関の連携」を重視する
⑥「アルコールの有害な使用」によって被害を受けた当事者とその家族の支援対策を重視する


——というもの。


 アルコールの使用低減のために懲罰的な課税をしたり、罰金を取ったりといった過激な項目は一切なく、教育体制、医療体制の整備を眼目とした“努力目標”をいくつも掲げたような内容となっている。良く言えば穏当であり、悪く言えば曖昧な法案といえよう。


 同法案については、常日頃からアルコールの適正使用を訴え続けている酒類業界も賛意を示している。法案策定にあたって酒類業界からは、「アルコールを全面否定しない」「業界の自主規制を尊重してほしい」という要望が寄せられたというが、出来上がったものを見る限り、この要望は概ね盛り込まれているように思える。


※法案の骨子、内容は『アルコール健康障害対策基本法推進ネットワーク』のサイト(http://alhonet.jp/)を参照のこと。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 この6月までに関連省庁や団体との調整が終わり、法案としてまとまりました。広島県議会からは、法案制定を求める意見書が出されるなど、地方自治体からも好感触を得ています。現時点における法案成立までの道のりは、7合目あたりといえましょう。問題は所管です。同法案については、内閣府が管掌するのか、厚労省が管掌するのかが、まだ決まっていません。内閣府の立場は、「他にやるべきことが多いので、厚労省にお願いしたい」というものであり、厚労省の立場は、「省庁横断的なハナシになるので、ウチがトップではまとめきれない」というものです。現在、大臣クラスの話し合いが持たれていますが、この所管が決まれば法案制定まで一気に動いていくものと思います。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 飲み過ぎないように啓蒙し、アルコールに寛容すぎる社会のあり方を少しずつ変えていく——そんな目的を持った『アルコール健康障害対策基本法』がいつ制定されるのか? 政治のことだけに先のことは全く読めないが、WHOが2020年までに加盟各国に課している「アルコール有害使用の低減」という目標を達成するためには、遅くとも数年内には制定される必要があるだろう。


 野放図に飲まれてきたアルコールに対して、世界的に是正する動きが加速しているなか、大量飲酒(=アルコールの有害使用)によってアルコール依存症となってしまった人に対してはどのような治療がなされているのか? 次回はアルコール依存症治療の最前線について取り上げる。(有)