2014年度政府予算案の焦点だった診療報酬は実質マイナス改定で決着した。本体と薬価を合わせると0.1%引き上げとなったが、消費増税に際して医療機器などを仕入れる際の負担が増えることに配慮し、特別な措置として診療報酬に1.36%を上乗せされているため、実質の改定率は1.26%のマイナスとなった。


 今回の改定は自民党の政権復帰後、初となる改定だった上、社会保障目的に充てるとした消費税引き上げを控えており、厚生労働省、自民党族議員、日本医師会を中心に増額を望む声は大きかった。しかし、こうした中でも実質マイナスになった意味合いは大きく、利益誘導による分配政治が限界を迎えていることを象徴している。


「予算編成の基本方針」の修正に見る圧力


 増額を望む声がいかに大きかったか示す文書がある。小泉純一郎政権以降、経済財政諮問会議を中心に、毎年12月に作成されている「予算編成の基本方針」である。ここでは社会保障だけでなく、成長戦略や地方財政、文教などの重点課題を列挙しつつ、政府として閣議決定することで、予算編成の方向性や一体感を示す意味合いがある。


 まず、12月5日の経済財政諮問会議に示された素案段階では、


「診療報酬改定においては、自然増を含む医療費の合理化・効率化に最大限取り組み、新たな国民負担につながることは厳に抑制する。」

 と書かれていた。財務省によると、診療報酬を1%引き上げた場合、概算で税負担1600億円(国1100億円、地方500億円)、保険料負担2000億円、患者負担500億円の増加を招くことを考えれば、「負担抑制」は取りも直さず診療報酬のマイナス改定を意味する。


 しかし、同12日に決定された基本方針は以下のように修正された。


 自然増を含む医療費の合理化・効率化に最大限取り組み、消費税率引上げに伴う医療機関等のコスト増の問題に適切に対応しつつ、新たな国民負担につながらないように努める。


 2%以上の引き上げを求める厚生労働省の動きに呼応し、増額を求める与党内の意見が強まったため、最終的に文言が修正されたのである。様々な利害調整を経て作成される「霞が関文学」の世界で、「努める」とは「やらないことをも含めて頑張る」という意味になる。「抑制」の文字が消えるとともに、「つながらないように努める」と文言が弱められたことは、如何に増額を望む声が与党内に強かったかが分かる。


 実際、自民党関係議員は伊吹文明衆院議長、加藤勝信内閣官房副長官も巻き込んで増額運動を展開し、高市早苗政調会長が首相官邸に直談判に行く一幕もあった。




 こうした行動の背景には「日本医師会の支持を繋ぎ止めたい」という思惑があったのは間違いないだろう。自民党が政権から転落した2009年総選挙では、社会保障費の抑制方針に反発した日本医師会の一部が民主党支持に回ったほか、民主党に近いとされた原中勝征氏が会長に当選。政権交代直後の2010年度改定では薬価と合わせた0.19%(診療報酬本体は+1.55%)の増額を勝ち取った。その後、2012年度も改定でも「髪の毛一本。首の皮一枚」(当時の小宮山洋子厚生労働相)というレベルだったが、ネットで0.004%(本体は+1.379%)となった。日本医師会の横倉義武会長が原中氏を破った経緯を考えれば、自民党が「マイナス改定は有り得ない」と考えるのは当然予想される流れだった。


財務省は断固拒否


 これに対し、財務省は「消費増税をお願いする時、その他に国民負担が増えるのは受け入れられない」(麻生太郎副総理兼財務相)と引き上げに慎重姿勢を崩さなかった。財務相の諮問機関である財政制度等審議会が11月に取りまとめた建議(意見書)でも、審議会の意見書としては異例の「補論」を立てつつ、医療費の構造や課題を分析した上で、「(診療報酬は)公共料金の見直しであり、その引き上げが自然増部分に加えて、公費負担の増加のみならず企業や家計の負担増をもたらす」と指摘した。首相官邸も財務省の意見に与し、増額の是非を巡って攻防が続いた。


 結局、調整は閣僚折衝当日の朝まで続き、薬価を含むネットでは0.1%増(本体は0.73%、薬価は0.63%)で決着。消費税引き上げの補てん分1.36%(本体0.63%、薬価0.73%)を考慮すれば、実質は6年ぶりのマイナス改定となった。「名目プラス、実質マイナス」は両者のメンツを保つ最低限のラインだったのかもしれない。


 その一方、消費税収などを活用した904億円の基金を創設することも決まり、田村憲久厚生労働相は「基金を使って医療供給体制等々も含めて対応してきたい」と期待感を示す。


無い袖は振れない


 しかし、基金創設は社会保障制度改革国民会議報告書などでうたわれている話であり、財務省から見れば既定路線。診療報酬の政治過程を俯瞰すれば、実質マイナス改定を勝ち取った点で、「無い袖は振れない」(財務省幹部)という財務省の主張に首相官邸が軍配を上げた格好だ。「改革姿勢がきちっと表れた査定だ」(菅義偉官房長官)、「マスコミの予想では(診療報酬増額に必要な国の財源として)1300億〜1500億円と書いてあった。それに比べたら100億円で済んだ」(麻生副総理兼財務相)という発言は厚生労働省や与党族議員の主張を押し返した満足感の現われであろう。


 今回は自民党に政権が再交代した直後の改定。しかも社会保障目的に消費税を引き上げる前で、全般的に財政規律が緩んでいるタイミングだった。そんな中でも実質増を勝ち取れなかったことは日本医師会や与党族議員の影響力低下を表わしているのではなく、低成長と財政難が続く中、旧来型の利益分配政治が困難になっていることを示している。



関係資料

◇診療報酬改定の概要
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000033791.pdf


◇予算編成の基本方針(12月5日の経済財政諮問会議に提出されたバージョン)
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2013/1205/shiryo_01.pdf


◇予算編成の基本方針(閣議決定されたバージョン)
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2013/1212/shiryo_02.pdf


◇財政制度等審議会の建議
http://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia251129/index.htm

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丘山 源(おかやま げん)

早稲田大学卒業後、大手メディアで政策プロセスや地方行政の実態を約15年間取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている