中央社会保険医療協議会(厚生労働相の諮問機関、中医協)で進む2014年度診療報酬改定では、重点分野として在宅医療が示されている。近年の改定では総額が抑制される中で、在宅医療に対して重点配分されており、その流れが継続するのは確実な情勢だ。
しかし、サービス提供者の行動を経済インセンティブで誘導し、在宅医療を担う医師を増やすだけで在宅ケアの完成は覚束ない。生活に密着した在宅医療では多職種連携などが欠かせないためだ。むしろ、経済インセンティブだけで誘導している結果、提供体制に歪みが生まれているのではないだろうか。
在宅療養支援診療所は増加傾向
在宅ケア重視の歴史は意外と古く、1986年の診療報酬改定で「寝たきり老人訪問診療料」が創設されたことに遡る。2000年にスタートした介護保険についても、家族を介護労働から解放する「介護の社会化」を前面に掲げていたが、老人病院の削減による医療費削減という思惑が秘められていた。その後も2006年には「在宅療養支援診療所」、2008年に「在宅療養支援病院」が制度化され、指定数は増加の一途を辿っている。
2011年度には「在宅医療連携拠点事業」が創設され、在宅医療の普及や医療・介護連携などが進められた。2013年度からスタートした各都道府県の「保健医療計画」も在宅医療を明記することとなり、昨年8月に公表された社会保障制度改革国民会議報告書も病院を「川上」、在宅を「川下」と形容しつつ、以下のように指摘した。
急性期から亜急性期、回復期等まで、患者が状態に見合った病床で状態にふさわしい医療を受けることができるよう、急性期医療を中心に人的・物的資源を集中投入し、入院期間を減らして早期の家庭復帰・社会復帰を実現するとともに、受け皿となる地域の病床や在宅医療・在宅介護を充実させていく必要がある。(社会保障制度改革国民会議報告書 25ページ)
日常生活圏域内で各種サービスを切れ目なく提供できるようにする「地域包括ケア」の文脈でも在宅医療の重要性が指摘されている。
地域包括ケアシステムは介護保険制度の枠内では完結しない。介護ニーズと医療ニーズを併せ持つ高齢者を地域で確実に支えていくには、訪問診療、訪問口腔ケア、訪問看護、訪問リハビリテーション、訪問薬剤指導などの在宅医療が不可欠である。(29ページ)
こうした問題意識の下、2014年通常国会に提出された医療・介護改革関連法案では、▽病床機能再編のための報告制度、▽市町村が地域包括支援センターを拠点に医療・介護連携に取り組む制度改正—などを盛り込む予定であり、2014年度診療報酬改定の「重点課題」として、「在宅医療の充実」が列挙されているのは、こうした流れの一環として考えるべきである。
在宅医療重視の政策が展開されようになった最大の理由としては、医療・介護費の膨張を挙げることができる。人口当たりで見た日本の病床数は先進国で群を抜いて多く、国民の間でも単なる風邪で大病院に行きたがる「病院信仰」が根強い。日本人の死亡場所を見ても、「自宅」は1970年代に「病院」を初めて下回るようになり、その後は1割台で横這いが続いている。
しかし、人口の老齢化で費用は増大し続けている上、団塊の世代が75歳以上を迎える2025年以降、一層の膨張が予想されている。このため、数多くの医師や専門スタッフによって提供される病院や介護施設から脱却を図るため、在宅医療や在宅介護への転換が進められているわけだ。
在宅重視の政策は患者・利用者の満足度から見ても重要である。病院や介護施設は就寝や消灯、食事、入浴などで不自由な生活を強いられる。厚生労働省の「終末期に関する調査」(2008年3月実施)を見ても、「治る見込みがなく死期が迫っている」と宣告された後の療養場所について、自宅療養を望む答えが合計で約6割を占めていることを考えれば、「住み慣れた地域でより良く生きて、より良く死んでいく」ことを支えるサービスや政策が望ましいのは言うまでもない。
「なんちゃって在宅医」の拡大
しかし、今のやり方に問題があると言わざるを得ない。2012年度の診療報酬改定では、「在宅医療を担当する常勤の医師が3名以上配置」「過去1年間の緊急の往診の実績を5件以上有する」などの要件を満たした在宅療養支援診療所機能強化型が創設されるなど、診療報酬を手厚く配分しており、現場では「金儲け目当てで在宅ケアに馴染まない医師が多く参入している」との声を耳にするのだ。
例えば、「在宅ケアには病気を治療するだけでなく、暮らしを支えるアプローチが必要なのに、その視点が欠落している」「病院と見間違えるような重厚な機器を家に持ち込んで、入院中と同じようなケアを提供している」といった不満だ。
さらに、看護師や介護職、ケアマネジャー(介護支援専門員)らとの連携も課題とされており、介護関連職からは「在宅医療をやっているのに他の職種の話を聞かない」「診察時間が終わった後の生活を想像しようとしない医師が多い」といった不満も多く聞かれる。
何よりもケアプラン(介護サービス計画)の策定・改定に際して出席が求められる「サービス担当者会議」に出席している医師は少数派。今年の通常国会に提出される介護保険法改正案では、多職種が連携して個別事例の改善策を話し合うとともに、地域資源の開発など市町村の政策に結び付けることを目的とした「地域ケア会議」の設置義務化が盛り込まれており、連携先の候補として医師も明記されているが、現場では「多忙を理由に医師は参加しないし、地域活動に興味を持っていない。絵に描いた餅だ」との批判が出ている。つまり、在宅医と言いつつ、経済インセンティブだけで参入したと思われる「なんちゃって在宅医」が余りに多いのだ。
今後、在宅での看取りを増やしていくのであれば、在宅医療を担う医師の「量」を増やすだけでなく、「質」を引き上げるための方策として、継続的かつ全人的なケアを提供する医師や専門職の育成、医師から看護師・介護職への権限移譲、出来高払い制度を中心とした診療報酬制度の見直しなどが求められる。
関連資料
◇ 在宅医療に関する厚生労働省の資料
http://www.mhlw.go.jp/bunya/shakaihosho/seminar/dl/02_98-01_2-1.pdf
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000027523.pdf
◇ 2014年通常国会に提出された医療・介護改革関連法案の概要
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/dl/186-06.pdf
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丘山 源(おかやま げん)
早稲田大学卒業後、大手メディアで政策プロセスや地方行政の実態を約15年間取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている