好きと嫌いはどれほど違う
好きと嫌いなほど違う
都々逸である。かつては艶めかしいい世界を詠んだものが多かったが、最近では日常の営みを詠む結社が増えている。といっても人情の機微に変わりはない。
冷めたうどんがポツンとあって
独り暮らしの長電話
独居老人が増える一方であるという。この主人公は女性であろうか。
あなたを忘れるお酒があれば
飲ませて下さい今すぐに
ご高齢の女性の若かりし頃の心境であろうか。
三人寄っても文殊の知恵が
出ないまんまの空徳利(どくり)
何かいい知恵はないものかとの相談に、酒がすっかり効いてしまって…。三人酔って、では頭がもうろうとしてだめである。酒代ばかりがかさんでいく。
淋しがり屋が一本下げて
恋しがり屋に逢いにくる
飲み友達というのはいいものである。雪月花、祝い事に弔い事、なんの理由もなく飲む酒もある。
深酒を続けて、くだをまき続けて、遂に入院した男。体中にくだをまかれることになった。どうにもこうにも我慢しきれず、お酒を飲みたくなった男、看護婦さんに頼み込んだ。点滴の中にお酒を入れて。
「酒はぬるめの燗がいい。肴はあぶったイカでいい」。矢代亜紀が歌った。
酒は独りだスルメは足だ
愛だ恋だは面倒だ
振られた男のヤケ酒であろうか。ピッチが早くなっていく先は…。
たかが女に振られただけで
こんなに乱れた飲みっぷり
気持ちはわからないわけではないが、周囲にいる人間のことも考えてよ。
作家の井上ひさしさんのこんな言葉がある。恋人に振られたら、「よかった、女性が彼女一人じゃなくて」と思うこと。
総理大臣文句があるか
俺の稼ぎで飲む酒だ
そう、この意気やよし。
飲んだお酒が回らぬうちに
聞いておきたい胸の内
女性の心情がモロに伝わってくる。酔った勢いでいうセリフではなく、本心を聞きたいのである。
飲んだお酒が回らぬうちに
払っておくれよお勘定
こちらはまたずいぶんと現実的である。酔いがほどほどのうちのほうが、お互い様というところか。
男じゃもの
外へ出たときゃ惚れられしゃんせ
そして惚れずに帰りゃんせ
なかなかうがった女心である。
梅干しは
酒を飲まずに真っ赤になって
年をとらずにシワシワになり
もとを正せば梅の花
鶯なかせたこともある
これもうがった歌になっている。
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松井 寿一(まつい じゅいち)
1936年東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業。医療ジャーナリスト。イナホ代表取締役。薬業時報社(現じほう)の記者として国会、厚生省や製薬企業などを幅広く取材。同社編集局長を経て1988年に退社。翌年、イナホを設立し、フリーの医療ジャーナリストとして取材、講演などを行なうかたわら、TBSラジオ「松チャンの健康歳時記」のパーソナリティを4年間つとめるなど番組にも多数出演。日常生活における笑いの重要性を説いている。著書に「薬の社会誌」(丸善ライブラリー)、「薬の文化誌」(同)などがある。