厚生労働省が通常国会に提出した「地域における医療介護の総合的確保推進法案」では、消費税引き上げ分を活用した基金を都道府県に創設することが盛り込まれている。これは当初、病床機能再編を促すための制度として浮上したが、「使い勝手を良くする」という美名の下、使途は在宅医療や専門職の待遇改善まで拡大し、2015年度から介護分野も使えるようにするという。
しかし、国民に負担を強いる血税を医療機関向け補助金に使うことが妥当なのか、政府・与党内で真剣な議論が交わされた形跡は見られず、単なるバラマキに終わる懸念を感じる。過去の政府文書を見ると、二度の政権交代を経る過程で、厚生労働省が巧妙に文言を仕込んできたことが分かるが、果たして有効に使われるのだろうか。
背景に7・1基準の過剰
今回、各都道府県に創設される基金は計904億円(国602 億円、地方302億円)。消費税引き上げ分の税収に加えて、既存予算の組み替えなどで360 億円(国費240 億円)を上乗せする。
この背景には「病床数の分布が歪んでいる」(厚生労働省幹部)との問題意識がある。2006年度の診療報酬改定で患者7人に対して看護職員1人の配置基準(所謂7:1基準)が創設された結果、高い報酬を得たい医療機関が看護師獲得合戦を展開し、看護師配置基準で見た病床数は図1の通り、優勝カップのような異様な姿になっている。こうした状況について、昨年8月の社会保障制度改革国民会議報告書は報酬による誘導の限界を指摘していた。
政策当局は過去、(報酬による誘導という)手段に頼って政策の方向を大きく転換することもあった。だが、医療・介護サービスを経営する側からは梯子を外されるに似た経験に見え、経営上の不確実性として記憶に刻まれることになる。それは政策変更リスクに備えて、看護配置基準7 対1 を満たす急性期病院の位置を確保しておいた方が安全など過度に危機回避的な行動につながり、提供体制の形を歪めている一因となっている。
このため、厚生労働省は病床機能を「高度急性期」「急性期」「回復期「慢性期」の4つに区分し、都道府県に対する報告義務を医療機関に負わせる「病床機能報告制度」を導入することで、病床機能のスリム化を考えた。さらに、患者の受け皿には在宅ケアが必要になるとして、医療機関や介護施設によるネットワーク形成や医療法人の合併促進策も法案に盛り込んだ。同時に、これら再編に必要な資金を手当てするため、基金による財政投入を考えたのである。
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民主党政権期に構想が浮上
では、こうした手法はどういう経緯で浮上したのだろうか。社会保障制度改革国民会議報告書は基金の必要性について、「改革の趣旨に即するため、全国一律に設定される診療報酬・介護報酬とは別の手法が不可欠。病院の機能転換や病床の統廃合など一定の期間が必要なものも含まれることから基金方式も検討に値しよう」と遠慮気味に指摘していた。
しかし、政府・与党の公式文書を遡ると、表1の通りに病床機能再編は以前から議論されており、その一環として基金創設が早い段階で浮上していたことが分かる。
まず、過剰病床見直しの必要性は2006年の医療制度改革で言及されており、福田康夫政権期に提出された社会保障国民会議の中間報告では病床再編に加えて、「医療機関同士のネットワーク化」が盛り込まれた。その後、麻生太郎政権期に提出された2009年6月の安心社会実現会議は「コンソーシアム」形成の必要性に言及している。
さらに、民主党政権期に社会保障・税一体改革の論議が進むと、引き上げられる消費税収を使う一つとして、ハッキリと「補助金等の予算措置等を行う」との文言が出て来る。社会保障制度改革国民会議の慎重な書きぶりとは裏腹に、政策当局者は基金創設に向けた布石を着々と打っており、既定路線だったことになる。
「使い勝手の良い」仕組みとは?
しかし、「報酬がダメだから補助金」とは如何にも安易である。補助金に関しては、「様々な恣意性が入り込むので、適切に配分されるとは限らない」「配分先や予算が固定化するリスクが高い」といった問題点がある。さらに、同様の手法として2009年度にスタートした後、今も延長され続けている「地域医療再生基金」の検証もなされていない。全国一律の報酬による誘導に限界を感じるのであれば、都道府県に診療報酬の配分権限を移譲するぐらいの思い切った改革が必要なのではないか。
しかも田村憲久厚生労働相は「非常に使い勝手の良い仕組みにしていきたい」と話している。確かに社会保障制度改革国民会議報告書は医療従事者の確保、介護サービスの充実などを挙げつつ、「(使途を)柔軟なものとする必要がある」と定めており、厚生労働省の法案説明資料にも「病床の機能分化・連携に必要な事業」だけでなく、「在宅医療・介護サービスの充実のために必要な事業」「医師、看護職員、介護従事者、勤務環境改善のための事業」という文言が入っている。2015年度からは介護分野に使途を拡大する方針であり、最早何でも使える状態だ。
しかし、使途の柔軟な運用は制度の趣旨を曖昧にしかねない。今回の消費税引き上げは約10年間の議論が積み重ねられた結果であり、国民に負担を強いる改革である。役所による事後チェックだけでなく、国会や地方議会、メディア、国民が使途に関心を持たなければ、折角の血税と努力が無為に終わることになりかねない。
関連資料
http://www.mhlw.go.jp/topics/2014/01/tp0120-1.html
http://www.mhlw.go.jp/topics/2014/01/dl/tp0120-02-01p.pdf
法案の全体像
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/dl/186-06.pdf
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丘山 源(おかやま げん)
早稲田大学卒業後、大手メディアで政策プロセスや地方行政の実態を約15年間取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている