今週は大手4誌のうち、週刊現代と新潮、文春の3誌が9月末、朝日新聞のスクープで発覚した中国での“日本人スパイ”逮捕事件を報じている。


 中朝国境で北朝鮮情報を集めていて捕まった男性は、脱北して日本に引き揚げた日朝のハーフ。もう1人は、浙江省の軍事基地周辺で写真を撮影した名古屋市在住の男性だ。また、朝日の一報のあと、北京市内で60代のビジネスマンが拘束されていることも明らかになっている。


 中国におけるスパイ容疑事件、ということでは5年前、河北省でフジタ社員4人が捕らえられた事件が記憶に新しいが、この時の身柄拘束は10数日に留まり、一般には、直前に起きた尖閣近海での中国漁船長逮捕事件に対する報復措置、と見られている。


 今どきの日本で国家の命を帯び、外国に潜入する本物のスパイなどいるはずがない。そんな感覚から、今回の事件も、中国政府による政治的な策謀、と受け止めた人がおそらくは大多数だっただろう。


 実際、発売日の早い現代は『習近平の「外国人狩り」が始まった 3人拘束、日本人に「スパイ容疑」 中国なら死刑もあり得る』というタイトルで、3人の無実を前提に、「ほんの少しの疑いで死刑──中国は「第二の北朝鮮」になりつつある」と中国を非難する論調で記事をまとめている。


 ところが、後続の新潮・文春では一変して、非難の矛先は公安調査庁(公調)に向けられた。『中国にノンプロ「007」を囚われた「公安調査庁」』(新潮)、『日本人スパイ拘束事件 公安調査庁の情報はなぜ中国に筒抜けだったのか』(文春)といった具合である。


 どうやら、捕まった3人は、それぞれに公調との接点を持っていたらしい。新潮では名古屋市在住者の背景は推測で書かれているだけだが、文春は、人材派遣会社を営むこの男性が、公調元職員に誘われて会社を設立し、月に20万円ほどの報酬で中国での情報収集活動をしていた、と解説する。北京で捕まった「第3の人物」についても、日中双方の情報機関と接点を持つ人物だったとして、「ダブルエージェントだった可能性」を指摘している。


 そうは言っても、3人は少額の謝礼でさほど価値もない情報収集を引き受ける素人同然の民間人であり、いとも簡単に素性がばれてしまう状況そのものが“ごっこ遊び”めいた公調のお粗末さを満天にさらすことになった。新潮は、この稚拙さを『「公安調査庁」が点数を稼ぎたいのは不要官庁の劣等感』とまでこき下ろしている。


 こうなって来ると時節柄、日本にも本格的な情報機関設立を、という声が上がって来る。新潮にもその手の論者がコメントを寄せている。インテリジェンス機能の強化、それ自体はいいだろう。ただ、この手の職務に求められるのは、とことん徹底したリアリズムであり、妙に勇ましい使命感は往々にして有害になる。


 筆者にそれを痛感させたのは、現在の沖縄情勢を見通せなかった政権のお粗末さだ。国内で特殊な位置にある沖縄に関しては、政権は外務省・警察庁・防衛省の“国内インテリジェンス”で収集した情報で情勢を分析する。それがなぜこの2年、政府は対応を誤り続けたのか。ある専門家は私に、上記インテリジェンス機能の著しい劣化を指摘した。各部門が、冷静・的確な情勢分析でなく、“官邸の喜びそうな情報”ばかり報告し続けた結果、今日の事態に至ったのだという。


 対外的な情報機関を新設するにしても、イデオロギー的な高揚感でつくられる機関など、“百害あって一利なし”の結果しか生まない。今回の公調の大チョンボが、おかしな議論になりはしまいかと心配する。 

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三山喬(みやまたかし)  1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。1998年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。2007年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町:フクシマ曝心地の「心の声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。