どうしたらテロを防げるのだろうか。11月13日に発生し、130人もの尊い命が奪われ、350人以上が負傷したあのパリの同時多発テロ以来、この思いが脳裏から消えない。


「目には目を、歯には歯を…」ではないが、軍事力で過激派組織を抑え込むことはできる。しかしそれは一時的なものであり、長い間には間違いなく双方により大きな憎しみが生まれ、戦争へと発展していく。直近ではイラク戦争が、今回のテロを企てた「イスラム国」(IS)を生んだことを考えればよく分かるし、過去の歴史を振り返ってみればそんな事例は山ほどある。ならばどうすればいいのか。


■「現実」と「理想」の狭間で


 イスラム国のテロリストたちは周到に準備を重ね、計画を練ってテロを決行した。テロの実行犯は3グループに分かれていた。


 まず8万人の観客であふれたパリ近郊の競技場。フランス対ドイツのサッカーの親善試合中で、オランド仏大統領とシュタインマイヤー独外相も観戦していた。午後9時20分、ゲート付近で1人が自爆。続いてほかの2人も近くで自爆した。ひとりは競技場に入り込もうとしたが、不審者として追い出されている。もし競技場に侵入していたら犠牲者は計り知れない数になっていたはずだ。


 2番目のグループは午後9時25分から午後9時40分にかけ、カンボジア料理店やバー、ビストロなどを車で移動しながら自動小銃のカラシニコフを乱射。客ら15人が死亡した。テロリストたちはそのまま車で拠点のベルギーに逃走した。


 3番目のグループは午後9時40分、米ロックバンドがコンサートを開催していた劇場を襲撃した。劇場正面から侵入して乱射。血の海のなかを命からがら脱出した客のひとりが「遺体を乗り越えて外に出た」と話していたほど犠牲者は多く、89人が次々と銃に撃たれて死亡した。最も多い犠牲者数だった。


 パリでは今年1月、イスラム国とは別の犯人が、政治週刊新聞社などを襲撃する事件が起きた。事件後、フランスの警備当局は要注意人物を監視するとともに情報を収集し、1万人の兵士を動員して警戒を続けてきた。だがしかし、それでも今回のテロは防げなかった。


 11月19日付けの読売新聞の社説は「水際を固めて発生を阻止せよ」という見出しを立て「イスラム国は、日本も標的に挙げている。来年の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)や2020年東京五輪・パラリンピックを控えているだけに、対策に時間的な猶予はない」と強調する。


 そのうえで「パリのテロでは、不特定多数の民間人が集まる劇場や競技場が狙われた。ソフトターゲットと呼ばれ、政府機関などに比べて警備が手薄になりがちだ」「ソフトターゲットになり得る場所は日本にも多い。入場者の手荷物検査といった対策が必要だ。ただし、全ての施設で手厚い警備を実施するのは不可能だろう」「重要なのは、テロリストを入国させないことだ。そのためには、国際テロ組織や個々のテロリストに関する情報が欠かせない。事前に機密情報をどこまで入手できるかに、水際対策の成否がかかっていると言えよう」などと主張する。


 現実論として日本がテロリストの攻撃を前提に対策を練っておくことはもちろん必要である。


 さらに読売は21日付社説で米欧やロシアなど国際社会が、過激派組織『イスラム国』打倒という共通の目標に向けて結束することが急務である」と書き出し、「『イスラム国』との間に対話は成立しない。空爆など軍事力行使に加え、インターネットによる宣伝戦への対抗措置など、包括的な対策を講じるしかあるまい」と言い切る。軍事力による抑え込みを正当化している。


 こうした主張に対し、朝日新聞は「冷静で着実な対処こそ」(11月20日付社説の見出し)として「オランド大統領には、当面の治安を回復し、国民の動揺をやわらげる責任がある。同時に、大局的にみてテロの土壌をなくすには何が必要か、冷静で着実な施政を考えてほしい」と書き出し、「テロに怒り、高ぶる世論があるのは仕方あるまい。だが一方で、暴力の連鎖を抑えるうえで有用なのは、力に傾斜した言動ではなく、落ち着いた分析と対応である」「テロ対策は、組織網を割り出し、資金源や武器ルートを断つ警察、諜報、金融などの地道な総合力を注ぐ取り組みだ。病根をなくすには、不平等や差別、貧困など、社会のひずみに目を向ける必要がある。軍事力で破壊思想は撲滅できない」と訴える。


 この朝日の主張は理想論かもしれないが、それなりに説得力はあると思う。


 朝日はさらに23日の社説で「米欧やロシアが空爆を強化しているが、中長期的にみれば、軍事だけで過激思想の温床はなくならない。憎悪の連鎖を招く副作用もある。軍事と非軍事の両輪が欠かせないのだ」と主張する。しかし「軍事と非軍事の両輪」が何を意味するのかがよく分からないし、これまで軍事力を否定していたにもかかわらず、それを認める姿勢も理解しにくい。朝日も「現実」と「理想」の狭間で揺れている。


■憎しみの連鎖を増幅させるな


 パリ同時多発テロに関連したニュースの中で気になったのは、国際的ハッカー集団「アノニマス」が声明を出したというニュースである。米CBSニュースや英BBC放送によると、11月14日に仮面を被ったアノニマスを名乗る人物が動画投稿サイトのユーチューブに登場し、「お前たち(イスラム国)に過去最大の作戦を仕掛ける。大規模なサイバー攻撃だ。宣戦は布告された。覚悟しろ」と宣言した。


 この動画には世界中から反響があり、100万回以上も再生され、何千人ものサポーターたちが交流サイトのSNSで動画を共有し、仲間に計画への協力を呼びかけるメッセージとともに動画が拡散した。16日にはツイッターで「パリ作戦を決行中」と伝え、3時間後にはイスラム国の構成員のツイッターのアカウント計3800を消去した、と報告した。


「アノニマスもなかなかやるな」という声もかなり上がったが、所詮はアノニマスもイスラム国と同じ反社会集団だ。「毒をもって毒を制す」という考え方もあるが、これでは憎しみの連鎖を増幅させるだけだ。


 もうひとつ気になるニュースがある。それは今回のテロで妻を亡くした34歳のフランス人ジャーナリストが、フェイスブックに投稿したテロリスト宛てのメッセージに対し、共感の輪が広がっているというニュースである。


 メッセージはテロリストたちを「君たち」と呼び、「君たちは特別な人の命を奪った。私の最愛の人であり、生後17カ月の息子の母親だ」と書き出し、「君たちに憎しみの贈り物をあげない。君たちはそれを望んだのだろうが、怒りで憎しみに応えるのは、君たちと無知に屈することになる」と憎しみの連鎖を否定し、「私が恐れ、安全のために自由を犠牲にすることを望んでいるのだろう。それなら、君たちの負けだ」と訴え、最後に「私は息子と2人になった。だが私たちは世界の全ての軍隊よりも強い。君たちにかまっている時間はもうない。私たちはいつもと同じように遊ぶ。この子の生涯が幸せで自由であることが、君たちを慰めるだろう」と締めくくっている。


 このジャーナリストのメッセージからは、憎しみに憎しみで返すことの醜さがよく分かるし、彼の人間としての真の強さも伝わってくる。テロは差別や貧困、怒り、悲しみ、恐怖の中から生まれる。軍事力ではイスラム国のテロをなくすことはできない。現実と理想との狭間で悩みながらも、同じジャーナリストとして彼のメッセージを常に忘れずにいたい。(沙鷗一歩)