英語で植物を解説しながら本学附属薬用植物園を案内するという企画を先日行った。

 その準備のひとつとして解説する薬用植物の英語での一般名称を調べたのだが、その際に、ゲンノショウコは和薬のひとつであるから英語名称は無いだろうと考えていたら、ゲンノショウコが属するフウロソウ属の植物を一般的にさす名称を使って表現できるようだということを知った。それは「crainsbill」。直訳すれば「鶴のくちばし」である。



  ゲンノショウコをはじめとするフウロソウ属植物のさく果(果実)が、開裂していなければ、鶴の細長いくちばしのようだから、というのがネーミングの理由らしい。ゲンノショウコのまっすぐに上を向いて伸びる長いさく果は確かにくちばしを連想させる。

 ゲンノショウコの学名は、Geranium thunbergii であるが、この Geranium という属名のラテン語も、もとをたどれば「鶴の」という言葉から派生したものであるということだ。調べてみると、フウロソウ属植物の仲間でもゲンノショウコのようにさく果の形が長く尖った形にはならないものも多いようだが、よく目立つ特徴的な形なので、代表格に取り上げられたのだろう。


 他方、日本でゲンノショウコの別名としてよく用いられているのは「ミコシグサ」。欧米文化のネーミングと同様にさく果の形に注目したものであるが、注目しているさく果の状態が違う。ミコシグサの場合は、さく果が熟して開裂し、種子を弾き飛ばした後の状態を形容している。

 くるくると巻き上がった5枚の果皮を神輿の屋根とお飾りに、下方に展開する萼を台座にみたてているのである。形の類似性と同時に、稲の収穫後の秋祭りでお神輿が出回る時期にこの開裂したさく果が目立ち始めるという、時期的なこともあるのかもしれない。


 欧米も日本も、名前の由来がさく果であることは同じなのに、注目する状態が異なるというのは面白い。


 それで欧米のゲンノショウコの仲間はさく果が開裂しないのかと思ったが、そのようなことはなく、図鑑やWEBページにはゲンノショウコのそれにそっくりな感じに巻き上がった様子の絵や写真が描かれている種が結構たくさんあった。

 果皮の巻き上がりは、湿度によって変わり、乾燥するほど強く巻き上がるようである。一度巻き上がった果皮でも、雨が降ったりして濡れると元のくちばし型に戻る。空気の乾燥具合が巻き上がりの程度でわかる、のである。


 さて、ゲンノショウコは和薬のひとつ、と先に書いたが、和薬とは、日本に昔から自生している薬用植物を使った日本独自の生薬のことである。

 具体的には、ゲンノショウコ、ドクダミ、センブリなどである。昔からずっと伝統的に使われてきた歴史があり、漢方薬のように複数の生薬を組み合わせて処方にして用いることはほとんどなく、1種類を目的に応じて煎じて服用するのが一般的である。

 ゲンノショウコは胃腸薬で、下痢気味の時などに効果を発揮する。その名前を漢字で書くと「現証拠」で、服用すると確かに効き目が現れるということから付けられたという。



  花の色には桃色と白色があるが、一般的には桃色花は関西地方に多く、白色花は関東地方に多いと言われているが、花の色が違っていても薬効は同じである。

 

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伊藤美千穂(いとうみちほ)
1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。