「漢方薬」と聞いて、どんなイメージを持つだろうか? 


有名な『傷寒論』ほか、昔の“レシピ”に沿って提供される、科学的根拠がハッキリしていない古い薬——。基本、生薬由来だから体によさそう——。自分の場合はそんなところだ。


 じゃあ、どれだけ使っているかというと、速効性やコストパフォーマンスを考えて、いつもは薬の“切れ味”がいい西洋薬。もっとも、昔、原因不明の腹痛を治すのに、漢方薬のお世話になったことがある。激的にとはいわないが、徐々に治っていった。


 だから、漢方薬や漢方医学に対してネガティブな感情はないのだが、やっぱりミステリアスな部分がある。単によく知らないだけかもしれないけれど……。という訳で、漢方医学の世界を1冊に凝縮した新刊、『和漢診療学 あたらしい漢方』を手に取ってみた。


 コンパクトにまとめられてはいるものの、本書には、「五臓論」(「酒が五臓六腑にしみわたる」の五臓だ!)、陰陽論といった漢方医学の背景にあるもの、「証」(適切な漢方方剤を示すパターン)、「気」(宇宙や人体に働く流動的なエネルギー)といった重要なキーワード、望聞問切(観察、嗅覚による情報収集、問診、触診)による診察技法など、患者として漢方を理解するのに十分な情報が詰まっている。


 漢方にはまっているシロウトには、たまに“原理主義者”の人もいて、少々ウザいと感じることもある。その点、本書は医師の著作だけに、漢方が不得手な分野も押さえつつ、得意分野が公平な視点で書かれている。


〈世の中には圧倒的に「死ぬことはないが不調で生活の質が悪い」ヒトが多い〉が、こうした分野が漢方医学の最も得意とするところだ(一方の、西洋医学はこの分野をあまりターゲットにしていないようだ)。


〈完全には健康とはいえない不具合を修正することを、漢方医学の世界では「未病を治す」という〉。昨今、さかんにいわれている「QOL(生活の質)の向上」という観点では、漢方がもっと評価されてもいいだろう。〈健康な状態と病気というものは連続的〉なことも多いのだから。


 本書は、漢方の歴史についても多くを割いている。西洋医学が入ってくるまでの日本の漢方医学は、日本の医学の歴史といっても過言ではない。ちなみに、〈鎌倉時代以後、江戸幕府が開かれるまでは僧侶が医療を担っていた。これを僧医という〉。現代でいう「薬局方」(最近あまり使わないけど)の語源は、全国の薬局における製剤規範を記し、1151年に刊行された『太平恵民和剤局方』なんだとか。 


■極めて稀ながら副作用も


 冒頭に記した自分のイメージは当たっている部分もあれば、少し違っていた部分もあった。


「科学的根拠がハッキリしていない」という点については、最近では西洋薬同様の二重盲検法による臨床試験なども行われていて、少しずつではあるが、有効性が明らかになった漢方薬も出てきている。著者らも〈釣藤散の脳血管性認知症に対する有効性について、プラセボ(偽薬)を対象とした二重盲検臨床比較試験で明らかにした〉という。


「体によさそう」という点については、〈副作用がないと、ながらく信じられてきた。しかし、残念ながら副作用があるのが事実である〉。慢性肝炎の治療に「インターフェロン」と漢方薬の「小柴胡湯」を併用したケースで、間質性肺炎による死亡者が出ている。副作用は〈極めて稀〉とはいうものの、やはり薬であるからには毒にもなり得るということだ。


 著者は終章で、細分化していく一方の西洋医学の方向性に警鐘を鳴らす。そのうえで、患者の全体を見る漢方と〈「分解」に基軸を置く〉西洋医学の“いいとこどり”をした「和漢診療学」を提唱する。〈全体性のなかで分解を理解する〉という訳だ。


 全面的に賛成です! 患者にしてみれば、「洋の東西を問わず、最適な方法で治してくれればいい」んだから。でも、そのためには、まだまだある漢方の神秘的な部分が“分解”されないと難しいんだろうな。西洋医学みたいに漢方医学が細分化しちゃったら本末転倒だけど……。(鎌) 


〈参考データ〉

『和漢診療学 あたらしい漢方』

寺澤捷年 著(岩波新書780円+税)